第六十一話 そんな、馬鹿な
ミサイルの発射ボタンが押されたとき、アメリカ、日本、ルナ・ドームにいた兵士達は、世界が終わったのだと感じた。
突然、目の前が真っ暗になり、永遠に光が失われたように思えたからだ。
これが、“神々の黄昏”、“ラグナロク”なのだと。
だが、すぐに何かがおかしいと気づく。
それは、自分の呼吸音だったり、時計のバックライトだったり、隣の同僚の気配だったりしたが、明らかに彼らは生きていた。
世界が終わったのに、自分達だけ生き残ることなどあり得るだろうか。
大多数が自分の手を顔に当てている頃、電力が復旧した。
次々と再起動するモニターや、計器類の明かりが彼らの目を眩ませる。
しばらくしてから、彼らは何が起こったのかを把握する。
かつて大国は、“Fenrir”と“Logi”を止めるためだけに、国の電力を全て止めるという暴挙に出た。
そして今、ミサイルを止めるために、軍の設備だけが電力を奪われたのだった。
三つの場所で。
予備電源に切り替わり、制御コンピューターが再び動き出したとき、事態はさらに悪化する。
「・・・・・・・・・・!?制御コンピューターが・・・・・・・・・!?」
“それ”は暴走を開始したのだ。
人がどれだけキーボードを叩こうと、電源を絶とうと、それは止まらなかった。
「まずいぞ!!!!」
彼らが叫んで制御を取り戻そうとしている間に、それは全ミサイルの発射準備を整えていく。
ほんの数分間の出来事だった。
男達が必死に行った作業も虚しく、死を無限に積んだミサイルは飛び去っていく。
本 当 の 世 界 の 破 滅 。
各地の歴戦の司令官達は絶望し、頭を抱えて座り込んでしまった。
ただ一人、南を除いて。
彼は画面を睨んで立ち尽くしていたが、コンピューターの暴走が止まったことを直感的に知っていた。
彼は落ち着いた声で命じた。
「・・・・・・・・・・・・・着弾点はどこか調べろ」
彼の言葉に我に返った兵士が、調査を開始する。南にはそれがとてものろく感じられたのだが、実際はほんの一瞬だった。兵士は即座に報告した。
「・・・・・・・・・・・・・判明しました。着弾点は―――あの短時間でなされた計算が正しければ、ですが―――太陽です。全弾、太陽に向かっています」
南は目を閉じ、拳を握り締めた。
彼は、他の場所でも同じ事態となっていることを知らなかった。
だから思った。
日本は焼き尽くされるが、アメリカは無傷だ。
これでは過去の戦いと殆ど同じではないか、と。
彼が目を開けたちょうどその時、背後で声がした。
「安心しろよ、南さん」
その声に、南の筋肉が一瞬で硬直する。
そんな、馬鹿な。