第五十八話 埒が明かないな
南は薄笑いを浮かべながら、ルナ・ドーム“本部”の地図を見ていた。
点滅する三つの点が“メイン・コンピューター室”へと向かっている。
「全く、愚かだ」
彼がそう呟いた時、司令室の扉が開き、日向 政史が怒りに震えながら入ってきた。
「・・・・・・・・・南」
「日向議員」
南は敬礼をした。が、蔑むような目のおかげで、敬意は微塵も感じられなかった。
「今すぐ作戦を中止しろ」
日向の言葉には何か込められた力があった。静かで、尚且つ力強い、命令だった。
「残念ですが、それは出来ませんな」
南の言葉には、可能な限り侮蔑の響きが含まれていた。敬意の込められていない敬語ほど、人の神経を逆なでするものも少ない。
「“非常時”に司令官に命令を下せるのは、首相お一人ですので」
日向は目をつぶり、空気を深く吸った。そしてその息を吐くと同時に目を開ける。“ 覚 悟 ” を し た 目 だ っ た。
「・・・・・・・・・それでは、強硬手段をとらざるを得ない。動くな、南」
相変わらず日向は冷静だった。恐ろしいまでに。南は表情をこわばらせた。
「・・・・・・・・何のつもりですか?」
「私は今、特殊爆弾の起爆スイッチを握っている」
南はむなしでの日向を胡散臭そうに見つめた。それに気づいた日向は両手を広げて見せる。
「言葉のあやだ。・・・・・・・・その特殊爆弾には、“ルナ・ドーム本部”を破壊するだけの力がある」
「・・・・・・・・・ほう」
南は正田の予想が完璧に的中しているので驚いた。
「それで?どうなさるおつもりですかな?日向議員」
「・・・・・・・・・もう一度言う。作戦を中止しろ」
「それは脅迫ですか?」
「・・・・・・・・・そうだ」
「状況の整理をしましょう。今、日本とアメリカの間で戦争が始まった。私たちが生き残るには、“撃たれる前に撃つ”しかない。私はミサイルの発射の全権を任されていて、貴方はそれを阻止しようとしている。貴方は特殊爆弾をどこかに隠し持ち・・・・・・・・・」
南の目が鋭く日向を観察した。彼が知りたいのは、特殊爆弾が“何処に”あるのか、ということだけだった。
「・・・・・・・・・作戦を中止しなければそれを爆破させる、というわけですな」
日向の目が南をじっと見つめた。真意を推し量るように。
「・・・・・・・・・概ね、正しい。ただ、生き残るための考えが間違っているだろう」
「貴様の理想論を聞くつもりはない。その脅迫に屈する気も」
「南・・・・・・・・?」
南の声の温度が明らかに下がった。
「特殊爆弾はどこにあるのだ?」
「・・・・・・・・・作戦を中止しろ」
日向の表情がぐっと険しくなる。南はついに嘲りを前面に出して笑った。
「全く、埒が明かないな」
彼は先程まで見ていた地図を指差す。
「この、点滅している光が何か分かるか?」
日向は怪訝な顔でそれを見た。ルナ・ドームの地図であることは分かったが、三つの光が何をさしているのか、見当もつかなかった。
「・・・・・・・・・なんだ?」
「貴様の娘と、その仲間がここにいる」
日向の体がぴくりと動く。南は勝ち誇った顔で彼を見ていた。
「彼らは“Panikhida”防護服を着て、メインコンピューター室に向かった。何かをやらかすつもりらしい」
日向は内心ほっとした。少なくとも葵は“防護服”を着ている。
「・・・・・・・・・それで?南」
「失礼、言い間違えた」
南の唇がめくれ上がった。
「“ 防 護 服 だ と 持 っ て い る も の を 着 て い る ”だった。彼らが着ている服には、“Panikhida”を防ぐ力はない」
日向の顔から血の気がうせる。勝ち誇った南はさらに続けた。
「娘の断末魔が聞きたくないのなら、大人しく在り処をはけ」
日向は両拳を握り締めたまま、地図上の点滅している三点をじっと見つめ続けていた。
彼の中の相対する二つの思いがせめぎあっていたのだ。
南は歪んだ笑みを浮かべ、その様子をずっと見ていた。