第五十四話 決まってるだろ?
筒井は羽下から拳銃をもぎ取り、弾を抜いて床にばら撒いた。
「・・・・・・・・念入りだな」
「油断大敵、というじゃないか」
当然のことながら、正田はご機嫌だった。筒井は黙ったまま“相棒”の両手に手錠をはめる。
「念の入れすぎじゃねぇか?流石に手錠は必要ないだろ」
「いいや」
正田は自分の目の前にあった書類をぺらぺらめくった。
「勘違いするな。君は 警 察 官 に よ っ て 、 逮 捕 さ れ た ん だ 。法に基づいた正式な逮捕だ」
「そりゃありがたいね。判決が下されるまでは、死ぬ心配がないってわけだな」
羽下の皮肉っぽい言葉は無視された。正田は黙ったまま書類に目を通している。羽下の個人情報―――筒井さえも知らない、極秘なものも含まれている―――が記されたものだ。
「・・・・・・・・“アメリカ国籍の男が、日本国総理大臣を暗殺しようとして官邸に押し入りました”」
正田がぴくりと反応した。羽下は満足そうに笑い、アナウンサーのようなしゃべり方をさらに続けた。
「“幸い、首相は無事、男は現行犯逮捕されました。しかし男はアメリカ中央情報局、いわゆる“CIA”が関係していることをほのめかす供述をしており、日本政府はアメリカ政府に関連を問い合わせています”・・・・・・・・といった流れだな」
「貴様・・・・・・・・まさか・・・・・・・??」
「なんだ、あんた、国家機密が漏れてないとでも思ってたのか?ましてや、“アメリカ合衆国”のトップも絡んでぐたぐた企んでるんだぜ?この“Phantom Menace”が、見逃すはずがないでしょうが」
「・・・・・・・・“Phantom Menace”??」
筒井が、銃口を羽下に向けたまま、一人で呟いた。羽下は先程までと同じように、いたずらっぽい笑みを浮かべ、肩越しに彼を向いた。
「知らなかっただろ?俺の本当の名前」
「・・・・・・・・それどころか、そんな名前、聞いたこともない」
「当然だ。それこそ、本当の“見えざる敵”。世界に存在さえ知らせぬまま“仕事”をなす。究極のクラッカー・・・・・・・・・あ、これ、俺のことだぞ?」
「・・・・・・・・君の名前などどうでもいい」
正田はいらだたしげに書類を机の上に投げた。
「・・・・・・・・君が何を知っていようと、今、君に何が出来る?そこでおとなしく、“終わり”を見ていろ」
羽下は声を上げて笑った。
「ハハ!おとなしく?この俺が?」
「黙ってろ!」
彼は背後で筒井が銃を構える音を聞いても、まだ笑みは消えなかった。
「ツツ、この 最 期 の 戦 争 の後、お前の懐にある金に何の価値がある?」
「・・・・・・・・」
「もっと言えば、 お 前 が 生 き て い ら れ る か さ え わ か ん ね ぇ ん だ ぜ ?」
筒井は、静かに銃口を下ろした。そして―――暗がりにいたため誰にも見えなかったが―――微笑んで見せた。
「そもそも、この世界に価値はない、そうだろ?」
「出た出た。勘弁してくれよ・・・・・・・・」
正田は二人を無視し、ルナ・ドームとの通信を開始していた。羽下もやはり、正田を無視した。
「お前にとって無価値でも、俺達にとっちゃそうじゃない。だから・・・・・・・・」
正田は軍人らしき男がモニターに写ると、間髪入れずにたずねた。
「南、無事か?」
まるでこちらには注意を寄せていない。
「・・・・・・・・俺と、“ 究 極 の ハ ッ カ ー”が手を組んだ。あの正田を止めるために!」
「究極の・・・・・・・・ハッカー・・・・・・・・?」
「決まってるだろ。“Loki”だよ」
羽下の浮かべた屈託のない笑み。それを見て、筒井は顔を曇らせる。
彼は知っていた。
“Loki”は“Panikhida”の餌食となったはずであることを。
どうすることも出来ない。
ルナ・ドームに毒ガスが満たされたのは、3時間近く前のことなのだ。
正田が言った。
「“ed”を外せ」
もう、誰にも止められない。