第四十四話 まだ、終わらねぇんだ
翔は顔面蒼白のまま、顔をゆがめた。
「・・・・・・・殺人だ」
南はさらに笑う。
「大いなる意志には付き物の、小さな小さな犠牲だよ」
隼も無理に唇を吊り上げた。
「ずいぶんご機嫌だね、南さん。さっきこそこそ部屋を出て行ったときに、何かいいことでもあったのかい?」
「そう、その通りだ。ビックニュースだぞ」
隼は鼻で笑い、“ワービックリダヨ”と片言で葵にささやいた。彼女は弱弱しく笑う。
「“Loki”の正体が判明した」
途端、葵も隼も翔も目を見開いて、身を乗り出す。
「・・・・・・・石井 哲が、“Loki”だったのだ」
「えぇ!?」
驚いたのは葵一人だった。あとの二人は、動きも言葉もシンクロしていた。
すぐにつまんなそうな顔をして、後ろの壁にどさっと身を預ける。
「「・・・・・・なんだ、やっぱりそうか」」
南も葵も“・・・・・・え?”という顔をしている。何とか動揺からさめた葵は、二人を覗き込んだ。
「何、二人とも知ってたの?」
「一番可能性高いのはあいつだ」
「技術、考え、悪戯心」
「・・・・・・・まぁ、言われてみれば・・・・・・・」
遅まきながら、自分のペースを取り戻した南が三人を見下した。
「ふん、だが、これは知るまい。“Loki”はその他諸々とともに、“Panikhida”の餌食だ」
「え・・・・・・?」
「貴様らもさっき見ただろう・・・・・・・?あのようにして“Loki”は最期を迎えるのだ・・・・・・!」
南は、みるみる青ざめる葵を見て満足しかけたが、残りの二人が薄笑いすら浮かべているのを見て、寒気を覚える。
「・・・・・・・おっさん、じゃあ、そいつを拝ませてくれよ」
「そうだ。“Loki”の最期とやらを」
南は無言で生意気な高校生連中を睨む。
「出来ないんだろ、南サン」
翔は挑戦的に彼の目を見返す。
「哲か未来にぶっ壊されたはずだ、カメラだの盗聴器だのは」
南の唇に力がこもる。
「あんたは“確認”できない。“Loki”がホントに死んだかどうか」
隼も強気な笑顔を見せる。
「まだ、終わらねぇんだ。あんたや、正田サンの思い通りになると思うなよ」
南は怒り心頭といったところで、言うべき言葉が出てこないらしい。
と、モニターが切り替わる。
「司令官!シャトルが、 消 え ま し た !」
「なにぃ!?」
翔がニヤッと笑った。
「もう、とっくにルナ・ドームを離れてるよ。俺達の仲間と、ここに送り込まれた人たちはね」
南はゆっくりと翔に向き直る。
「しかも、あんたらのレーダーに映りはしない。少なくとも、あの人たちを助けた。って面では、俺達の勝利です」
南は自分に言い聞かせる。
“まだ、も う ひ と つ の 方 は ばれていない。大丈夫だ”
「・・・・・・・せいぜい足掻くがいい。今の君らに何が出来る?縛られ、監視され、全ての力を奪われた君達に」
南は演技が下手な男が、強 が っ て 笑 う か の よ う に笑い、その部屋を出て行った。
だが、葵は知っていた。この部屋は監視されていないことを。
彼女はポケットの中の携帯電話サイズの機械をそっとなでる。
かつて、哲の胸ポケットに入っていたそれは、既にこの部屋の監視の“目”や“耳”を、破壊していたのだ。