第四十三話 あれは・・・・・・
建物の中に、空気の漏れる独特の音が響き渡る。
“シュー・・・・・・シュー・・・・・・”
防護服を着た三人は、もう出口のすぐそばに来ていた。気を失っている未来を、“Tarsier”がおぶっている。
「・・・・・・・それにしても、見事な一撃でしたね・・・・・・・詩織さん」
そう、いつまでも駄々をこねる妹にちょっと“キレた”詩織は、何のためらいもなく彼女の首筋に手刀を食らわせたのだ。
「・・・・・・・」
“Tarsier”は沈黙に耐えかねて、さらに声をかける。
「そういえば、哲君の言ってた“可能性”って何なんでしょうね?もしかして、助かるかも・・・・・・・・・」
「・・・・・・・あのガス・・・・・・・」
詩織は暗い声で言った。
「食らった奴を何人も見た・・・・・・・死亡率百%で、死に方も、醜い。だから哲は私達を締め出したんでしょうね」
“Tarsier”はその言葉の響きに呑まれ、足を止めた。普通じゃ有り得ないほどの力がこもっていたのだ。
「・・・・・・・・行こう。弟の遺志を継がなきゃ」
詩織は悲しげに付け足した。
―――本部司令室
「“Panikhida”、順調にドームを満たしていっています」
南は満足そうに頷いた。
「パニヒダ・・・・・・・?」
葵が呟くと、南は再びこちらを向いた。
「新たに開発された毒ガスだ。効果は・・・・・・・・まぁ、見てもらえば分かるな」
彼は底意地の悪い笑みを浮かべ、モニターのスイッチを切り替えた。
「・・・・・・・?」
無残に荒らされた薄暗い部屋が移っている。床で何かが動いている。
「あれは・・・・・・・・・」
「そう、君達がいた、メイン・コンピューター室だ。これじゃ見にくいな。斉藤をアップにしろ」
まもなく、一人の男がコードでぐるぐる巻きにされてもがいているところがモニターに映る。
「この部屋にも、“Panikhida”が満ちてくる。そうすると・・・・・・・」
南は残忍な笑みを浮かべた。
“う・・・・・・・”
「ほぉ、斉藤が気がついたようだ!」
“・・・・・・・・なんだ、この音は・・・・・・・?”
葵は目が離せなくなっていた。恐怖の表情のまま、画面を見つめている。
「このガスは、空気より軽い。だから、床にいるこいつらに届くのには時間がかかるが・・・・・・・」
斉藤が呻いた。
そして、激痛からくる叫び。
「見るな!」
隼が葵に叫んだが、彼女は動けない。
斉藤は、叫びながらもだえている。その時、ブチッという音がした。その瞬間から、彼の動きが小さくなる。
「腱が切れた音だ。まったく、うるさい男だな、あいつも」
そして、最後に、斉藤は声に出来ない叫びを出したようだった。息も止まってしまった中、目を見開いて口を何か動かしている。
彼はその表情のまま、大量の血を吐き出し、事切れた。
葵はもちろん、翔も隼も顔面蒼白となっていた。
斉藤は苦しみの表情で白目をむいている。
南だけが笑った。
「心臓が破裂したんだ。どうだ?すばらしい技術だろう?」
血まみれの斉藤を背景にしているせいかもしれない。
南の目の中の光は、狂気に染まっていた。