第三十七話 嘘は言わないで
「・・・・・・・なんか、雰囲気変わった?」
僕の口からそんな言葉がついて出た。
「ちょっと筋肉ついただけよ」
「・・・・・・・ちょっと、ねぇ・・・・・・」
体のどの部分も、服越しに筋肉の走りが見えるほど鍛え上げられていた。未来が姉貴をつつく。
「うわぁ・・・・・・・かたぁ・・・・・・!」
「何せ、暇だったし、いつか役に立つと思ってね」
姉貴はウィンクすると、力こぶを作って見せた。未来がまた感嘆の声を上げる。
「“Tarsier”、哲、お前らの力こぶと比べてみねぇか?」
“Odin”は愉快そうに笑った。残念ながら、僕たちには敵いそうにない。
「パス。勝てる勝負しかしない性質でね」
「同じく」
姉貴はニヤッとした後、ちょっと表情を曇らせた。
「でもね、ちょっと問題があるのよ・・・・・・・」
僕はすかさず茶化した。
「男が寄り付かないとか?」
“Odin”も乗ってきた。
「いやいや、それはもとか・・・・・・グエ!!」
彼女の手刀が僕ら二人ののどを打った。激しく咳き込む僕らには目もくれず、詩織がため息をついた。
「筋肉って重いから体重が増えちゃったのよね・・・・・・」
その辺も色々と突っ込みたかったのだが、それどころじゃなかった。
「あ、そうそう。哲」
僕が身を起こすと、にこやかな姉が目と鼻の先にいた。
「・・・・・・・何?・・・・・・・!!!!」
強烈なストレートが左の頬に炸裂した。
僕の体が後ろの壁にぶつかって跳ね返り、地面に転がった。
「お姉ちゃん!?!?!?」
未来がパッと僕のそばに駆け寄ってきた。“Tarsier”もまごまご僕と姉貴を交互に見ていた。
「お兄ちゃん、大丈夫・・・・・・?いったい何なの!?」
姉貴は肩をすくめた。
「私は別に 哲 の せ い に は し て な い んだけど、哲はこうでもされなきゃ気がすまないでしょ。でも、もうチャラ。忘れなよ」
「何の話よ?」
未来が手を借してくれながら、訝しげに僕を覗き込んだ。立ち上がったとき、頭がぐらぐらした。
「・・・・・・・あぁ。でも、もう一発殴ったほうが良いかもしれない」
無視されて未来がむっとしているのが分かったが、僕は構わず、真っ赤な唾を吐き出した。姉貴がニヤリとして“へぇ”と相槌をうつ。心臓の辺りがきりきりした。
「姉貴、ごめん。親父とお袋が殺された」
詩織の顔から笑みがゆっくり消えていく。
「・・・・・・・・え・・・・・・・?」
「親父が、この、ルナ・ドームの設計図を、命と引き換えに・・・・・・・!!!!」
また左の頬にこぶしが激突した。さっきより激しく僕の体がバウンドする。
「お姉ちゃん!」
未来が間に割り込んだが、詩織はそれを意図も簡単に押しのけ、僕の胸倉をつかんだ。僕はそのまま持ち上げられ、壁に押し付けられる。
彼女は後ろで呆然としている三人には聞こえない声で言った。
「・・・・・・・正直に答える必要はない。ただ、嘘は言わないで。・・・・・・あんた、それ、お 父 さ ん か ら 受 け 取 る 前 か ら 持 っ て た ん じ ゃ な い の ??」
僕は目を伏せた。
それで姉貴は手を離した。
別に怒るわけでもなく、泣くわけでもなく。
ただ、手を離した。