第三十六話 とっとと片付けよう
“何か用?”
未来はおでこをガラスに押し当て、ガラス張りの中の人影を確認しようとした。息でガラスが曇る。
「・・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」
“え!?”
「・・・・・・・夢じゃ、ないよね・・・・・・・?」
“未来!?何でここに・・・・・・”
「その説明は後でする」
“哲!?”
「そうだよ。まずは姉貴を出さないとな」
“・・・・・・・どうかな・・・・・・・・このガラスの外はね、毒ガスで満たされてるの。単純だけどいい手よ。こっちは絶対に出られない”
「毒ガス?・・・・・・・まぁそんなとこだろうとは思ったけど・・・・・・・息止めていくって手は・・・・・・・?」
“皮膚からも毒が入るから、不可能”
「ガスを放出出来るかな?」
姉貴は大きくため息をついた。
“それはそっちで調べることでしょ”
まぁ、もっともだ。
僕は設計図を表示した。皆もそれを覗き込む。
未来はまだガラスに張り付いていた。
「お姉ちゃん、入れられてからどのくらい?」
“・・・・・・8ヶ月、かな?”
「ずっと一人?」
“まぁね”
視線を感じて顔を上げると、未来がじっとこっちを見ていた。
「・・・・・・・・大丈夫だよ。な?姉貴」
“何が?”
「孤独は人を狂わせるって言うけど、姉貴は大丈夫だろ?」
“絶対、死ぬわけにも、狂うわけにもいかないの。まだ、ね”
“Odin”が急に声を上げた。
「哲、あったぞ!通風孔だ!」
「どこにつながってんだ?」
彼は画面を指でなぞった。
「・・・・・・・“外”、だな」
「よし、じゃあ、とっとと片付けよう」
未来以外の3人が管理用のコンピューターに向かった。
“Tarsier”が口笛を鳴らした。
「・・・・・・・どうした?」
「このガス、すごいな。皮膚から入んのはもちろん、ものすごい毒だ。数ml―――気体でだぞ―――致死量だとさ!」
「“サリン”か?」
「いや、そいつをもうちょっと強力にした代物だ」
僕もついつい口笛を鳴らす。
「いやはや、“Ragnarok”も流石だね」
「ラグナロク?」
未来がこちらを振り返った。記憶の中を探っているようなしかめっ面だ。
「正田様様直属極秘開発組織」
「あぁ、それで・・・・・・・・」
「暗殺と兵器の開発をやるにはもってこいの位置、だな」
“Odin”が呟いた。
その時、ガスがすべて排出され、換わりの空気が満ちたことを知らせるブザーが鳴り響いた。
“・・・・・・・もう、出て良いの?”
「あぁ。今、そのガラス箱を開けっから」
“Tarsier”に合図すると、彼は頷いてコンピューターのキーボードを二、三叩いた。
みなが息を殺して、ガラスの向こうの闇に目を凝らした。
音もなくガラスがすべり、中の人影がするりと外に出てくる。
人影は一瞬、自分の牢屋を振り返った後、半ば急ぎ足で出口に向かって歩いた。
シューッという音とともに、重い扉が開き、姉貴、石井 詩織が部屋に入ってきた。