第三十三話 ま、甘過ぎるけどな
沈黙を破ったのは筒井だった。
「・・・・・・・おい、兼」
「・・・・・・・どうした」
「力を貸してくれ」
羽下は訝しげに彼の顔を窺った。
「・・・・・・・何をする気だ」
「そいつは“Loki”に聞いてくれ」
“おい、ちょっと待て”
“Loki”の声は少しいらついているように聞こえた。
“俺は思うところに従って動く。それに他人を巻き込むつもりはない”
「よく言うぜ」
羽下が呟いたが、“Loki”は聞こえなかったかのように続けた。
“だから、今のところ安全なお二人さんにやってもらう仕事はねぇよ”
「・・・・・・・じゃあ、俺も思うところに従って動けばいいのか?」
筒井が静かに、だが力強く言った。
“・・・・・・・まぁ、そういうことになるかな”
「・・・・・・・改めて言う。兼、力を貸してくれ」
羽下は躊躇うことなく頷いた。
「何する気か、教えてくれるんだろうな?」
「正田を暗殺する」
あまりのことに“Loki”も羽下も言葉を失った。
―――ルナ・ドーム“奥の方”
“十二人目”の役者に睨まれ、少々背筋が寒くなっていた。
「・・・・・・どこで知ったの?」
「企業秘密だ」
「吐け」
「やなこった」
未来は僕の首を絞めたがってるかのように、指を曲げ伸ばししていた。
「・・・・・・・橘、例の在り処、分かったか?」
僕の問いに橘はニヤッとした。
「愚問だな。ここに送り込まれた連中、ほとんどは3年もすればシャバに出ちまう知能犯ぞろいだぜ?」
未来は首を傾げた。
「・・・・・・・確か、“更生の見込みのない凶悪犯”が送り込まれたんじゃないの・・・・・・?」
「“正田が選んだ”、な」
「あいつにとって、怖いのは殺人鬼や、強姦魔じゃない」
「本当に恐ろしいのは、“Odin”みたいなハッカーとか、真実に気付く恐れのある知能を持った連中だ。ずっと捕らえておくことも出来ず、かといって殺すわけにもいかない」
“Tarsier”がため息をついた。
「で、始末するために送り込まれたってわけだ」
「ま、甘過ぎるけどな」
“Odin”が鼻で笑った。
「俺たちがその名簿を作り変えた」
「つ、作り変えた・・・・・・?」
「おう、こっちの都合に合わせて、な。・・・・・ちょっといかれた輩を外すだけだったが」
「・・・・・・じゃあ、私たちがここに来た時“優しい声”をかけてくれた“紳士”連中は!?」
未来は周りでやらしい笑みを見せてる男たちを指差した。
「あぁ、あれはホントの“凶悪犯”だ」
「お嬢ちゃん!俺たちが何やったか聞きたかったら、ベッドで話してやるぜぇ!」
野次を飛ばした男は下品に笑ったが、3人(僕、未来、橘)の一睨みで黙った。
「さすがにまともな知能犯だけじゃ名簿を埋められなかったからな。わざわざ俺が来たわけだ」
“Odin”は不敵に笑った。
「・・・・・・・?」
「こいつ、あの荒くれどもをまとめるだけの力があるんだ。武力も、知力も、な」
「哲、そんなにほめるなよ、照れるだろ」
そうは言っていたが、当然の評価を受けているとしか思っていないようだ。