第二十六話 相打ちになろうとも
「・・・・・・・俺が橘だ」
若い男が唸った。周りを囲んでいる連中は驚きを隠せない。
「おいお前ら。こいつらは俺の客だ。余計な手出しするんじゃねぇ」
「はぁ!?」
「そりゃないぜぇ!!」
「マジかよ!?」
野次馬どもが轟々とわめいたが、橘のひとにらみで辺りは静かになった。
「・・・・・・・文句があるなら、俺が相手してやる」
その迫力にほとんどが目を逸らした。しかし、全員がそうしたわけではなかった。
「説明、してもらいたいね」
ひょろっと背の高く、眼鏡をかけた20前後の男が飄々と言った。橘に睨まれても、口元の笑みは消えなかった。
「・・・・・・・・俺がここに送られたのは、正田の野郎に喧嘩を売ったからだ」
「喧嘩を売った?」
「“Loki”という奴と一緒にね」
未来の反応は凄まじかった。電光石火の早業で橘の胸倉を掴み、後ろの壁に押し付けた。
「イテ!!!」
未来は無言のまま、彼の喉に手を当てた。どうやら頚動脈を押さえているらしい。
「お、おい・・・・・・・」
周りの荒くれどもは勿論、橘も唖然としてされるがままになっていた。
「知ってるんでしょ!?」
「あ・・・・・あ?」
困惑している橘に、未来が叫んだ。
「“Loki”の正体だよ!!」
橘は目をぱちぱちさせていたが、だんだんと自分のペースを取り戻しつつあった。未来の手を外しながら、鼻で軽く笑って見せた。
「何を根拠に・・・・・・」
先程の男は、眼鏡を押し上げながら言った。
「あんたがもし、“Loki”とつるんで動いた、“Odin”なら、あいつの正体も知っているはずだ!」
眼鏡の言葉に彼は驚いたように目を見開いた。
「お前・・・・・・何処でその名前を・・・・・!?」
「・・・・・・・もっぱらの評判よ、“Loki”と“Odin”が国家機密を手にしたって」
橘が二人の間からこっちを見た。
「そうなのか?・・・・・・・・哲」
「“Loki”が吹聴してた・・・・・・らしいぜ」
“吹聴してた”から“らしいぜ”というまでの短い間に眼鏡も未来もこっちを振り返った。僕は 三 人 の 顔 を見て溜息をついた。
「おいおい、そんなに睨むなよ」
未来はさっと橘に向き直った。
「で?あなたが“Odin”なんでしょ?」
橘は僕を睨んだまま、鼻から息を出した。
「・・・・・・・そうだ」
「知ってるわよね?」
「ああ」
こっちをじっと見ていた眼鏡が二人の会話に割り込んだ。
「何者だ?」
「細かいことを話す気はない。が、一つ、いい事を教えといてやる」
「・・・・・・・・なによ?」
「・・・・・・・・俺も“Loki”も、本気で喧嘩を売った。相打ちになろうとも、連中の思惑を叩き潰す」
橘が不思議な目をした。僕はそれを見て頷いた。
僕と橘は同時に呟いていた。
「「・・・・・・・・相打ちになろうとも・・・・・・・・」」
僕ら以外がいっせいに顔を見合わせたのが見えた。