第十話 Loki
「・・・・・・嘘、ですよね?」
彼はかぶりを振った。
「実際、ルナ・ドームほど“それ”に適した場所はない」
「・・・・・どういうことですか?」
機長は指を折りながら説明した。
「情報のコントロールも簡単、余計な被害はゼロに出来る、そして、ルナドームを開発したのは政府。どんな殺人兵器も隠すことが出来るだろう」
「南機長、その情報は何処から?」
斎藤が問う。彼は葵と南を交互に見ている。
「・・・・・話してもいいですか?」
南が問う。彼は葵を見ている。葵は僕をチラッと見て頷いた。
「いいわ。きっと、何か働いてくれる」
彼はちょっと頷き、またコーヒーをすすった。
「・・・・・5ヶ月ほど前の話だ・・・・・・」
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私がこのシャトルの機長に決定した日だ。自宅で自分のパソコンを起動した。
ふと思いつき、メールをチェックした。
“・・・・・?”
不思議な題のメールがあった。
「“機長へ”・・・・?誰だ?」
“南 孝様。突然、このようなメールをお送りするという無礼をお許しください。まだ、ご存知でないかもしれませんが、あなたはルナドーム行最終便シャトルの機長に選出されました。まずはおめでとうございます。
さて、これより月に飛び立たれる、南様に、ぜひ協力していただきたいのです。出来れば、下記のアドレスをクリックして、私どもの話を聞いてくださいませんか? Loki”
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機長はちょっと黙り込んだ。僕は我慢できずに先を促した。
「で、どうしたんですか?」
「私は躊躇った。そのメールは一週間ほど前に送られてきていた。私自身のことを、私自身が知る前に他の誰かが知っていた。それが私には恐ろしいことに思えた。・・・・・何もかも知られているような気がしたんだ」
「・・・・・わかります」
「しかし、私は、そのサイトを訪ねた」
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白い背景に黒い文字が浮かんできた。
“お待ちしておりました 少々お待ちください”
パソコンの画面が真っ白になった。
「な!?」
私はマウスやキーボードを必死で操作したが、なんの反応もなかった。
「クソ!」
先ほどのように文字が浮かんだ。
“ご安心を ウィルスではありません”
「・・・・・くそ、完全に引っ掛けられた・・・・」
“ご信用なさらないのですね? まぁ、無理もありませんが・・・・・”
「え・・・・・?」
“もし、私どもを信じようと思えたときは、再度先程のページにアクセスしてください”
画面が光り、瞬きする間に画面が通常に戻った。
「・・・・・何なんだ・・・・?」
私はどうしても自分を抑えられず、再びそこに行った。
“こんなに早く信じていただけるとは思いませんでした”
「何者なんだ・・・・?」
“・・・・・まずは私どもがつかんだ情報をお見せします”
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「その時にですか?」
「あぁ。そこでPurge Planの全容が書かれたファイルを受け取った」
「・・・・・それで?」
尋ねた斎藤の声のトーンが微妙にずれていた。しかし、機長は気にせず答える。
「最初は何かの冗談かとも思った・・・・・・名前が名前だしね」
葵がくすりと笑った。
「わかるわ。“Loki”はないわよね・・・・」
「“ロキ”とは?」
「北欧神話の悪神よ・・・・世界の破滅の遠因なんだから・・・・・」
僕も知っていた。
確か、その神話では、“ロキ”の起こした戦争が“終末”となり、“ロキ”の息子が最高神を一瞬で飲み込んでしまうはずだ。
彼の呼び名は“ずる賢い者”。信用できないのも当然だ。