第九話 “地球の人口を減らすこと”
「ルナ・ドームの目的は?」
機長は新しく入れたコーヒーをすすった。
「移民施設でしょ?」
「そう!」ドン!
彼はコップを勢いよくテーブルに叩きつけて、中身のコーヒーの大半をこぼしたが、気にもしていなかった。
「その通り、“移民施設”だ!」
「え・・・・?」
僕はどうやら何か核心に近づけたらしい。彼は興奮したまま、質問を投げかけてきた。
「なのに、おかしくないか? 政府は“地球の人口を減らすため”に、ルナ・ドームを造ったという・・・・・」
僕はちょっと首を傾げた。
「だって、結果的にそうなるでしょう?」
「なら、何故“月に移民するため”ではいけないのかね?その方がずっと分かりやすいはずだろう?」
僕はちょっと笑ってしまった。
「・・・・・政治家ってのはもったいぶるのが好きですからね」
僕の冗談めかした発言を、機長はまともに返してきた。
呆れたように首を振りながら。
「そんなことではない。分からない者には分からないままで、分かる者たちには察しがつくような物にしたかったのだ」
「・・・・・・?」
葵も斎藤も何もない空間を睨んでいる。今、気がついたが、斎藤は 何 も 知 ら な い わ け で は な さ そ う だ。
機長はじっと僕を見ている。僕は考える振りをして、彼の言葉を待っていた。結局、静寂を破ったのは葵だった。
「・・・・・・いい加減、もったいぶるのをやめたら?サウスポー」
彼女の、この偉そうな発言にも驚かされたが、機長が“すみません”と頭を下げたのにはもっと驚いた。
「・・・・・しかし、いきなり話しても信じられる類の話では・・・・・」
全く耳を貸す気のない葵は、彼の言葉をとてつもなく短く、鋭くさえぎった。
「早く」
「・・・・・・おい、葵」
僕は見るに見かねた。
「なによ?」
「どんな関係かは知らねぇが、一応年上で、普通なら目上だろ?」
葵は鼻を鳴らして冷たく言った。
「政府のシャトルに忍び込んで操縦席までたどり着く奴に、そんな意見をする権利はない」
「・・・・・あのねぇ」
「いや、石井君、気にしないでくれ。話を戻そう」
僕はあんまりこういうのは好きじゃなかったが、そんなことより、話の続きが聞きたかった。
「・・・・・・お願いします」
機長は頷き、重々しく口を開く。
「ルナドームの目的は・・・・・“地球の人口を減らすこと”だ」
頭がガクッと落ち、流石に敬意を失った。
「はぁ?そんな分かりきったことを・・・・・」
機長がにやりと笑って僕をなだめる。
「まぁまぁ、君がいうような意味ではない」
「え?」
「文字通りの意味だ。“人口を減らす”」
「地球の人口を減らすために、月に移住するんでしょ?さっきも・・・・」
「・・・・・移住しても、その移住先が満杯になっていくだけだ。根本的な解決になっていない」
「じゃあ?」
僕はいらいらして機長を見た。流石にもったいぶりすぎだ。
機長がゆっくりと口を開いた。
「・・・・・死 人 は 人 口 に 数 え ら れ な い 」
長い、沈黙があった。