第七話 新しい日常 後半
「ぜー、ぜー」
俺は荒く息を吐きながら、重たい腕を振り上げて構えなおす。
正面には3人の妖怪、天狗の千代君、鬼の音把さん、妖狐の狐々さんがいる。
俺を含めた全員が既に疲労困憊だ。
しかし、彼女達は未だに俺の貞操を狙っているらしく、諦める様子を見せることはない。
「はー、はー。流石は我らが魔王の生まれ変わりですね。私達3人の大妖を相手に狐々まで持ちこたえるとは」
「あはは、それでこそアタシのダーリンにふさわしいわ」
「えへへ、旦那様は僕がもらうからね」
獣のような目を俺に向けながら、彼女達は俺にそう言った。
勘弁してくれ。
既に一時間近く戦い続けている。
この娘達は俺を倒すことが目的ではなく、俺を押し倒そうとしているため、何とか耐えられている。
雷やら風を使われるとどうにもならないからな。
向かってくる彼女達をボクシングの防御技術である弾く(パアリング)や仰け反り(スウェー)、潜り込み(ダッキング)、更に投げれそうなところは投げ技で倒し、捌いていく。
しかし、いい加減きつい。
俺も体は鍛えているが、根本的には人間だ。
妖怪相手には戦い続けていられない。
さて、……いい加減この状況は打破したいな。
「ふふふ、……しかし、そろそろ決着をつけましょうか」
「ああ、いいぜ。アタシはこんなところじゃ負けないからな」
「ボクだって負けないからね」
「フン、いいだろう。この俺の全身全霊を賭けて――やってやるぜ!!」
俺の言葉に呼応したかのように、3人が飛び掛ってきた。
こいつらだって、いい加減疲れたはずだ。
ここを凌いで――。
「いい加減にするのである!!」
――ゴン!! ゴン!! ゴン!!
という鈍い音を響かせながら、真理亜の拳骨が3人の頭頂部を打ち抜いた。
「いたッ!?」
「クゥン!?」
「うわあっ!?」
音把さん、狐々さん、千代君は大きなたんこぶを作り、蹲った。
おお、ここで真理亜が出てきてくれるとは。予想外の展開だぜ。
お陰で助かった。
「もう、何するのさ!! 折角もう少しでボクがお嫁さんになれるところだったのに!!」
「はあ? それはアンタじゃなくてアタシよ!! というか真理亜!! 何で邪魔するのよ!?」
「いい加減にするのである。四天妖の代表として山本様に仕えに来たとは思えんのである」
「……確かに、熱くなりすぎていたかもしれませんね。ちょっと頭を冷やしましょうか」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
こうして、とりあえず今のところの日本の未来と俺の貞操は守られたのだった。
いやまあ、男の貞操なんてそんな一生懸命守るもんじゃないけどな。
「はあ、いい加減疲れるからさ。限度というものを考えてはくれないか?」
「す、すみません」
「……ご、ごめんな」
「申し訳ありません」
俺達は部屋に戻り、冷たいお茶を飲みながら話し合っていた。
こんなことを毎日繰り返していては、身がもたない。
何とかせねば。
「聞きたいんだけどさ、君らは俺、つまりは山本五郎左衛門に仕え、嫁になろうとしているんだよね?」
「ええ、そうでございます」
「だったらさ、俺を追い掛け回すのってどうなの? ま、確かに今の俺は一般人に過ぎないから、扱いがぞんざいになるのも分かるけど。俺の体の中には山本五郎左衛門が宿ることになっているんだろう? だったら下手なことするとまずいんじゃないの?」
「うぐ……。そりゃ、アタシ達だってそんくらい分かってるぜ? でも、他の奴らに先越されたくないし」
「で、慌てたと? そう言われてもねえ。そんなにグイグイ迫られたら、こっちとしても微妙だしさ。そんなに慌てなくても良いじゃん。というか、……一番であることに重要な意味ってあるのかい?」
俺の言葉に3人がピクリと反応したことを、俺は見逃さなかった。
この問いの解答はもう予想が付いている。
これは競争なのだ。
誰が最も早く、魔王の精気を吸い取るかで、恐らく四天妖同士での序列に変化が出来るのだろう。
五郎左衛門は、四天妖は忠誠心が暴走することがあるといっていた。
今回のことも、そう言うことが関わっているのであろう。
山本五郎左衛門の一番の忠臣は誰か、とか競っているのだろう。
そもそも、仕えるだけでなく、嫁云々というのは五郎左衛門が避けようとしていたことだ。
にもかかわらず、彼女達が嫁としてきたということは、それだけ彼女らの種族は追い込まれているのだろう。
そんな自分達の弱体化した姿なんて、主君には見せてられまい。
そのために、主君の力を持っていても、敬意を払うべき主君ではない、俺から精気を吸い取ることで自分達を強化し、強大な力を以って人間に目に物を見せようとしているのだろう。
その中で最も活躍できるのは、当然真っ先に俺の精気を得、強くなった妖怪だろう。
準備が早ければ行動も早くなる。
なんなら、他の妖怪の一族に手柄を取られないように、俺をどこかに隔離しておいてもいい。
人間と戦うだけでなく、他の妖怪も出し抜く。
そのために俺の精気を一番に得ることが重要なのだろう。
五郎左衛門の話から、それくらいの展開は読めた。
「そうですね……。早い話が、あなた様に一番に選ばれたものが、正室ということになると私どもは考えております。言ってしまえば、正室争いですから、多少は白熱するのもお許しいただければと思います」
ふうん、俺の予想とは違う答えだ。
まあ、俺の予想通りなら、俺を道具として扱うということだ。
正直に言うとは思えないな。
ここはこのまま話を聞いてみよう。
下手なことは出来ない。
なんせ俺の下半身には日本の未来がかかっているんだからな。
……なんか自分で考えていて馬鹿みたいに思えてきたな。
「……現代日本は一夫一夫制なんだけどな」
「大丈夫だよ!! ボク達は妖怪だもん。そんなの関係ないもん!!」
「……いや、というか、よく考えると千代君。君、嫁とか言っても子ども出来ないでしょ。男なんだから」
「大丈夫だよ!! ボクは確かに男の子だけど、天狗の中でもちょっと特殊な神通力を持っているんだ!! だから普通の人じゃ無理だけど、山本五郎左衛門様の力を持つ旦那様となら子どもくらい作れるよ!!」
「何そのエロゲ展開!!」
マジで女○山脈じゃねえかよ!?
アレか? エロゲメーカー、脳○彼女の男の娘ゲーム展開に近いのか?
いやどっちでも良いけど。
「天狗ってスゴイのな……。まあ、いいや。みんなはアレだろ? 後の山本五郎左衛門復活を考えれば、下手なことするとまずいんだろ? 勢い余って俺が死ぬようなことがあればそれこそ洒落にならない。じゃあ、そうしたことを防ぎ、君達の目的である俺の、つまり山本五郎左衛門の正室になりたいんだろ?」
「そうでございます」
「……ふうん。一族を代表して重要な役割のために来たということは分かるんだが、大変だな。好きでも何でもない男のところに嫁がねばならないとはな」
「……それはちょっとだけ、違うのでございますよ」
「え? 何が?」
「確かに私達は……、一族のためにあなたの元にやって参りました。ただ一族を守るために、山本五郎左衛門様の生まれ変わりに嫁ぎに来ました。相手がどのような方であろうと、一族のために自分の持つ全てを捧げようと思っておりました。」
「でも、アンタはさ……。良い奴だった。魔王様の生まれ変わりとか言っても、アンタは人間だから、私達は気味悪がられるんだろうと思ってた。特にアタシは人間離れしてるしさ。……でもアンタは、そんなことはなかった」
「それは、まあ……。俺としては、言葉が通じて、理性を持った相手ならビビる必要はないと思っただけだよ」
「そう言うところがすごいって思ったんだよ。ボクらは確かに人に恐れられる妖怪ではあるけど、人に恐怖を与える存在だけど、それでもやっぱり、これからずっと一緒になるかもしれない人に、気味悪がられたら落ち込むから」
「私達は一族のためにここに来ました。でも、相手が斜郎様のように見かけだけで私たちのことを決め付けるような方ではなくて良かったと思っております。本当に……、私達が嫁ぐ相手があなたのような方で良かったと思っているのでございますよ」
そう言って、音把さんは優しく笑い、狐々さんは照れたように頭を掻きながらそっぽを向き、千代君は楽しそうな笑みを浮かべた。
驚いた。
俺のことなど、一族繁栄の道具程度に思っており、彼女たちは適当なことを言って俺を騙そうとしているのだと思っていた。
こんなことを言われるとは、予想外だったよ。
この娘達は、……案外俺の事を見ていたらしい。
そうか、じゃあ。
俺も色々と考えないとな。
ここまで言われて、状況に流されっぱなしというのは性に合わない。
「うん、分かった。じゃあまずは仲良くなろう」
「え? どういうこと? ボクわかんないんだけど」
「いやあ、まだ俺達会ったばっかりだろ? もっとお互いのことを知っていこうよ。正直、俺は急に嫁だのなんだの言われてもって感じだしさ。でも、妖怪のみんなに俺の魔王の生まれ変わりとしての力が必要だというなら、俺もこれからの身の振り方について考えるべきだと思う。そのためには、みんなと仲良くなっておきたいんだ」
「斜郎様……。私達のことを、前向きに考えてくださるのですか?」
「君らが嫌なら兎も角、満更でもないって言うんならね。それに俺だって、美人や美少女に言い寄られて悪い気はしないさ」
ゴリマッチョとか、男の娘とか混じってはいるけどね。
まあ千代君は内面が女の子なのだけど、真理亜は漢だからもう例外だ。
「――えへへっ!! やっぱり旦那様は優しいんだね!!」
そう言ってテーブルを飛び越えて抱きつこうとした千代君の頭をガシッと掴み、動きを止めた。
その後、手を離してやり、代わりに質問した。
「まず、仲良くなるための第一弾として何だけどさ。君らは今どこで寝てるんだ?」
「うえーん! 旦那様のいけず!! まあいいけどさ。えーとね、ボクら妖怪だし普通に近くの山の中で寝泊りできるとこ探して、そこで寝てるよ。みんなそうでしょ?」
「ええ、そうでございます」
「アタシもだ」
「そっか、真理亜は?」
「ぐー、ぐー」
「また寝てんのかよ。まあいいや。だったらみんな俺の家に泊まっていけよ」
「え!? 良いのでございますか!?」
「ああ、家の裏手の方に11畳くらいの離れがある。一応トイレと洗面台くらいはある。風呂とキッチンはこっちを使ってもらうけどな。寝泊りくらいは問題ないよ。昔はそこに親戚が住んでたけど、もう出て行ったし。好きに使って良いよ。布団とかもあるから」
「いいの? そんなに色々?」
「いいよ。あ、一応偶に掃除してたけど、多少埃あったりするかもしれないから、気になるなら掃除しといて。そこらへんは自分達でね」
「大丈夫だよ!! それくらいボクらでも出来るし」
離れに泊まることに全員文句はないらしい。
だがこれは、俺の善意からの行動というわけじゃない。
寝るところを統一しておけば、誰かが夜這いに来ることがあっても相互に見張っているだろうからな。
俺の人生で夜這いの心配をすることがあるとは思わなかったが、この娘達ならそれくらいしそうだし、そんなことになると困る。
俺の理性にそこまでの自信はない。
さて、では次の作戦だ。
「でも、俺はただでそこまでのことをするほどお人好しじゃない」
「ふふふ、では私の体をお求めですか? シャロ様はそう言うプレイがお好みなのですね?」
「ちっげえよ!! 音把さん胸元はだけなくて良いから!! 他2人も脱ぐな!!」
勝手なことを言って脱ごうとした音把さん達を俺は止める。
こいつらに羞恥心はないのかと本気で思う。
「そうじゃなくて、それぞれの得意な家事を担当して欲しいんだよ。みんなで分担して。この家はでかいからな、俺1人じゃなかなか掃除も行き届かない」
「そうでございましたか。では、家の中のお掃除とお洗濯は私がいたしましょう」
「アタシは料理得意だから、料理してやれるぜ」
「ん、わかった。頼むわ。もう薬は入れんなよ」
「え、えーと。じゃあボクはどうしようかな?」
「そうだなあ。庭の掃除を頼めるか? 竹林から葉がよく落ちてきて大変なんだ」
「そっか! うん、わかった!! ボク頑張るね」
「買出しとかゴミ出しとか雑多なことは俺がやるよ。はい、決定。家事はみんなで分担な」
よし、これで俺の分の家事が減った。
まあ、これは俺の負担軽減というだけではあるのだけれど。
「じゃあ、今度はここでのルールだ。家の中では暴れないこと」
「かしこまりましたわ」
「喧嘩しても、やりすぎないこと」
「……まあ、頑張るぜ」
「で、最後に俺のことはあだ名で呼んでくれ」
「え? あだ名?」
「そう」
他のルールに関しては家の中でのトラブルを防ぐためのものだが、こっちはちょっと違う。
共同生活するうえでは仲良くなることが重要だ。
そのためには心理的な距離を近づけるとよいと聞く。
その方策の一つがあだ名だ。
「えーと、じゃあ俺のあだ名なんだけどさ。様付けは正直こそばゆいんだ。ダーリンはまあ良いけど、ほか2人何とかならないかな」
「「え?」」
俺の言葉に、音把さんと千代君が首を捻って考える。
しばし思案した後、二人は口を開いた。
「じゃあ、そうですね。私は『シャロ君』と呼びます。ふふ、可愛らしいですね。まるで弟でも出来たみたいです。あら、不敬でしたでしょうか?」
「ううん、いいよ。じゃあ音把さんはそれで」
「ボクは逆に『お兄ちゃん』って呼ぶよ!! ボクね、優しいお兄ちゃんが欲しかったんだ!!」
「そっか、分かった。じゃあ、……今日からみんな、よろしくな」
ちなみに真理亜だが、アイツは俺をヌシと呼ぶままだ。
もうあいつはそれで良いだろ。
何はともあれ、こうして、今日から俺と4人の妖怪の共同生活が始まったのだった。