第五話 手紙
「……あったぜ。コイツか」
曾祖父の部屋、その床の間には、一つの壺が置かれている。そのつぼの中は二重底になっており、見た目には分からないが、底に仕込まれている板を剥がせば、隠されていたものが露になった。
隠されていた手紙をそこから取り出した。
俺は逸る気持ちを抑え、ゆっくりとその手紙を開いた。
さて、なんで俺がそんなことをしているかというと、それは3時間ほど前にさかのぼる。
「オイ!! クソジジイ!! 人の話聞け!! 日本が滅ぶってどういうこった!?」
「ああん? 言い伝えじゃあ。言い伝え。妖怪なんてのが現実に居るわけなかろうが」
「居るから困ってんだよ!! 酔ってんのも大概にしろ!! このボケ!!」
「えー。なんじゃ、最近の若造は切れやすいのう……。まあ良いわ。よう分からんが、なんかあれば、ワシの部屋に在る壺がな、2重底になっておる。そこを調べろ。ご先祖様からの手紙がある」
「は? 何でそんなことに?」
「ねぇねぇ、山本さん。ほらぁ、もっと飲んでいきましょうよ。ね?」
「ぐへへへ。そういわれたら仕方ないのお。おじいちゃん、吞んじゃうぞー!!」
「オイ!! 待てこのクソジジイ――」
――ブツッ! ツー、ツー。
と、そこで電話は切られた。
あのクソジジイ。キャバクラにでも行ってんのか? 今度出会い頭に一発殴ってやろう。
……だがしかし、日本が滅ぶってどういうことだ?
音把さん達に聞くべきか……。
いや、どこまでこの人達を信じていいのか分からん。
これまでのことはすべて本当のように思えるが、もし俺が……彼女達に手を出すことがあれば日本が滅ぶ、というジジイの言葉が本当なら、彼女達は日本が滅ぶのに俺に迫ってきていたということだ。
しかし、日本が滅べば……彼女達も困るはずだ。
自分達の一族を守ることが目的、見たいな事言っていたし。
……仕方ない。帰ってひいじいちゃんの部屋を調べるしかないか。
それまでは景色を楽しもう。
そう想い、俺は妖怪達の鳴き声と羽音が響く中で、町の夜景を見下ろしていた。
「どうぞ、山本様」
「ああ、ありがとう」
暫くの間、俺は朧車に乗り、空の旅を楽しんでいた。
しかし、夏場は日の出が早い。
まだ暗いうちに朧車は俺の家へ戻り、俺を降ろした。
「楽しかったよ。また頼んでも良いかな?」
「あなたの仰せのままに。山本五郎左衛門様」
「「「「「仰せのままに」」」」」
俺の言葉に、朧車だけでなく音把さん達や真理亜までをも含めた四天妖を含めたすべての妖怪が跪き、そう言い放った。
……なんというか、圧巻だな。
しかし、これでいい加減実感したよ。
俺は、山本五郎左衛門の血を引いている。
「では、そろそろ日が出ますので。我らはこれにて」
朧車のそんな言葉と共に、来たときと同じように妖怪達はざわざわと葉を擦らせながら姿を消した。
流石は妖怪。
まさしく神出鬼没だ。
「……実感できたか? これが、アンタが魔王山本五郎左衛門の生まれ変わりであるという証明だぜ」
狐々さんが胸を張ってそう言った。
確かに、俺は間違いなく魔王なのだろうな……。だがしかし、今はそれどころじゃない。
「ああ、確かにね……。本当に、今日は驚くことばかりで疲れたよ。悪いけど、もう眠いんだ」
「そうですね。あなた様は未だ人の身。私どももこれにて失礼いたしましょう」
「そうか、すまないけどそうしてくれないか。俺は寝るよ」
そう音把さんたちにそう言い残して、俺は家に戻った。
そしてその足で曾祖父の部屋に向かい、手紙を見つけた。
――それが、ここまでの出来事だ。
今、俺は手紙を開いた。
ご先祖様の手紙というから、もっと古い紙かと思ったんだがそうでもないらしいな。
それにこの字は見覚えがある。
これは……ひいじいちゃんの字だ。
何故ひいじいちゃんが書いてんだ? とりあえず確認してみよう。
『予め記載しておくが、これはかつてご先祖様であり、初代『山本』である、山本梅様の残された手紙が古くなり、痛んでいたため、この私、山本十兵衛が書き写し、かつ現代にあわせて言葉を改めたものである。念のため、元の手紙も蔵に保管するが、内容としてはこちらでも問題ない。
そのため、後世の者が読むときはこちらを使おうと思う。
では、以下に本文を書き写しておく。
以上、山本十兵衛記す。
これは、私がまだ苗字を持たぬ、貧しい百姓の娘に過ぎなかったころ、私に苗字と幸福を与えてくれた、『山本五郎左衛門様』のお頼みでございます。なぜ、山本様の言うことを聞かねばならぬかというと、それは私の子々孫々に至るまで、その幸福は山本様のお陰と言っても過言ではないからでございます。
私は、稲生平太郎様という方と恋に落ちましたが、武家の平太郎様と百姓である私では身分が合いませんでした。そのため、いずれこの想いも捨てねばならぬと思いましたが、そんな時、平太郎様と山本様が出会われました。
山本様とその配下の妖怪にも臆さぬ平太郎様を、山本様は甚く気に入られました。
そのため、平太郎様に木槌と、そして私が平太郎様の子を身篭っても、1人で生きていける力をつけさせるために、私に『山本』の名を授けてくれました。
平太郎様の家に嫁ぐこともできず、実家でもよその男と勝手に子を生した私にも居場所はありませんでしたが、山本様の力の一端を授かったお陰で丈夫な体になり、妖怪たちの助力も得られるようになった私は、山で生きられるようになりました。
人の里からは離れてしまいましたが、時折会いに来てくれる平太郎様、家事の手伝いや山菜集めと言ったことをしてくれる心優しい妖怪たちのお陰で、私はちっとも寂しくはありませんでした。
これらは、すべて山本様のお陰でございます。
その山本様に頼まれたのでございます。どうして拒むことなど出来ましょう。
さて、私が山本様にお会いしたのは、つい先日。
既に平太郎様が亡くなり、私ももう大分年を取っておりました。
ある夜、朧車が私の家にやってまいりました。
その朧車の中から放たれる、恐ろしい気配に、私は考えるまもなく山本様がいらっしゃったのだと気付きました。
頭を地面に擦りつけ、お礼を言う私に山本様はこうおっしゃいました。
――そうかしこまらんでよい。そんな態度を取られては儂とて疲れてしまうわい。
ただ、儂の頼みを聞いてくれ。
儂はこれから先、そう遠くないうちに神野悪五郎なるものと命を賭けて戦わねばならんだろう。
そして、討たれて死ぬやもしれん。
その時、儂は300年の月日をかけ、お前の子孫の身の中に復活する。
精確には300年の月日が経った後に生まれた子が、二十歳を迎えてから初の満月にて力に目覚め、それから13の満月を経て、儂は完全に復活するのじゃ。
まあ安心せい。復活と言っても、その子を乗っ取るわけではない。ただその身を借りるだけじゃ。わしが復活すれば、新たな肉体も作ることは出来よう。
まあ、それはよいのだ。大したことでもない。
むしろ、問題なのは残された妖怪の方じゃ。
人間の力は恐ろしい勢いで進歩しおる。何時の日か、妖怪が恐れられぬような時代が来るやも知れぬ。
もしそうなれば、妖怪の生きられる世はなくなるであろう。
それはならぬ。
儂は面白可笑しい世を望むのじゃ。可愛い配下が血を流す世など、見たくはない。
儂はわがままなのでな。
さて、では本題じゃ。
もしかすると、わしが完全に復活する前に、お前の子孫に儂の配下達が何かするかもしれん。
危害を加えることはなかろうが、具体的にはお前の子孫と子を生そうとするやもしれぬ。
つまり、魔王の力を持つ子を生もうとするやもしれんということだ。
お前らの血統には確かに儂の『血』は入っておらんが、儂の『力』は流れておるからな。
そうすれば、儂の力を色濃く受け継ぐ存在が出来、儂の復活が簡単になる上、妖怪は交尾で人の精気を吸い、自らの力と為すことができるからな。交尾にて儂の精気を得ることで、儂の妾となった者のいる一族は大きな力を得られるじゃろう。
そうじゃな、具体的には四天妖のうち、『鬼』、『天狗』、『妖狐』あたりが来るじゃろうな。
あやつらは忠誠心が暴走することがあるからな。
時折困ったことをするでな。
そやつらが儂の力を得、更に儂の力の一端を持つ大妖怪が生まれれば、それが揃えば、強大な力を持った人間とも十二分に争えるようになる。
しかし、それは泥沼の戦の始まりの狼煙となる。
妖怪を恐れなくなり、妖怪の生きる場所を侵す人間と、生きる場所を守る妖怪の戦じゃ。
最悪、この国の全てを撒き込んだ戦になるじゃろう。
儂がおらぬうちに不甲斐ないことになっていてはならぬと、奴らは必死になるじゃろうからな。
それはならぬ。
戦を防ぐためには、儂が復活してあやつらを守ってやらねばならん。
それまでは、あやつらには悪いが待っていてもらわねばならん。
故に、あやつらに戦える力をやるわけにはいかん。戦える力を与えては、急いて事を起こし、取り返しのつかんことになりかねん。
良くも悪くも、力は様々なことを引き起こす。
お前の子孫には世話をかけるが、妖怪達の誘惑に耐え、儂の復活を待って欲しい。
どれほどの誘惑を受けても、耐えよ。
今の儂の肉体は、大地と空と水の力で生み出されたものじゃ。つまり自然発生した妖怪であるため、生殖機能がない。
そのため、こんな心配はなかったのじゃが、人間の体となると別じゃからな。
よいか、気をつけろよ。
お前が過ちを犯せば、例え子種できなかったとしてもとも桁外れに強大な妖怪が生まれる。
それだけでも十分な火種になりかねん。
そのため、何が何でも妖怪と事を為す様なことがあってはならんぞ。
――分かりましたね。
この山本様の命は何としてでも果たさねばなりませんよ。
妖怪には人の精気を奪うために、美しい姿で惑わそうとするものも数多く居ます。
特に四天妖はそう言う力も持つといわれています。
それでも、耐えねばなりません。
あなたには、妖怪と、人間の命、その両方の運命がかかっているのですからね。
山本梅 記す』
俺は手紙を読み終え、ほっと一つ溜息をついた。
なるほどな。
確かに俺は先月二十歳になり、それから初めての満月は今日だったな。
なるほど。今日が、俺の中で山本五郎左衛門の復活が始まる日なのか。四天妖が来たのも、百鬼夜行が来たのも、妖怪が見えたこともそのことに起因しているんだろうな。
そして、音把さん達の語ったことに嘘はなさそうだ。
隠し事は合ったみたいだけどな。俺があの人達を嫁にすることで妖怪大戦争勃発なんて、聞いていないぞ。
日本滅亡、というひいじいちゃんの発言は多少行き過ぎていたもののようで、安心したが、それでも下手打つと日本を巻き込む大惨事だ。
しかしまあ……、これはつまりアレか?
――俺の下半身に妖怪と人間の運命がかかっているということですか?
……。
「おら知ーらね」
俺は手紙を元に戻し、シャワーを浴びて寝た。
駄目だ。
俺の脳みそで出来る処理を超えている。
面倒くさい。
明日考えられることは明日考えればいいや。
そう考えて、俺はぐっすりと眠ったのだった。
――明日からは、もっと面倒な毎日になることなど、このときの俺は一切考えていなかった。