第三話 二人の魔王
「……さて、ちょっとゆっくりと話を聞かせてもらって良いかな?」
俺は和室の長机の前に置かれた座椅子に座って、そう切り出した。
そして俺の前には、右から天狗、鬼、妖狐、玉兎の順で座椅子に座っている。
それぞれの前には俺の出した冷たい緑茶が置かれている。
ちなみに、デリヘル嬢には交通費だけ払ってお帰りいただいた。
俺が戻ってきたときには、既に家に到着してしまっていたのだ。
壊れた玄関を見て何かがあったことを察してくれたらしく、そのまま帰ってくれた。
やれやれ、今日のところはお預けか。
まあ、それどころじゃないしな。
「はい、いきなり押しかけてしまい申し訳ありません。私が説明いたします」
俺の言葉に応えたのは鬼のお姉さん、音把仁菜さんだ。
お姉さん、と言ったのは見た目が明らかに俺より年上だったからだ。
見た目年齢としては30歳手前と言ったところか。
所謂、アラサーという感じだ。
まあ、美人なので年は気にならないが。
この中では恐らく最年長だろう。
「オイ。なんでアンタが仕切ってるんだよ?」
だが、その最年長である鬼のお姉さんに突っかかるものが居る。
妖狐の女の子だ。
名前は確か、狐々(ここ)秋葉さんだったか。俺と同い年くらいだろうか。まあ見た目で年齢が判別しにくいのでなんとも言えないが。
ケモナー大歓喜といった見た目をしている。
俺としても可愛く思うんだが、萌えとしての可愛さより純粋にモフモフしたいという動物よりの可愛さと言う感じだ。
服は着ているし人型なんだが、まあやっぱ見た目動物だしな。
「決まっているでしょう? 私がこの中では一番大人だもの。ごめんなさいね。お子様には難しかったかしら?」
「おばちゃんは考えが古いぜ。年功序列なんて時代に合わないんだよ」
「……ふふふ」
「……あはは」
うわ。何か雰囲気がすごく険悪なんだが。
まあ初っ端から喧嘩してたからな。
「やれやれ。旦那様が困ってるじゃないか。じゃあ、間を取ってボクが」
「「なんでだよ!!」」
口を挟んだ天狗に、他二人が怒鳴った。
この天狗はボクっ娘らしい。
この娘は千代子桜ちゃんか。
多分、俺より年下だな。この中では最年少じゃないのかな。
部屋の中では翼を畳んでいる。
ふむ。先ほどはよく見えなかったが、この娘の髪の色は青だったようだ。
翼も同じく青である。きれいな色をしている。
また、天狗と言っても鼻は高くないようだが、鼻の頭が赤くなっている。あとは普通の人間のような顔立ちだな。
なお、顔の左半分を隠すように被った天狗のお面は取る気がないらしい。
まあ、良いのだけれど。
「じゃあ、どうするのさ。話進まないよ?」
「そうねえ、……じゃあまず、この中で誰が一番強いか決めるのはどうかしら?」
「ふうん。で、一番強い奴がまとめ役だな、いいな。アタシ、そういうの分かりやすくて好きだぜ」
「むう!! ならば我も参加しよう!! 最強は我である!!」
「いやいや!! 待てよ!!」
なんでそんな流れになってんの!?
俺の家壊れるわ!! ふざけんな!!
つうか、真理亜だったか? こんなときにだけ会話に参加すんじゃねえよ!! この腐れ脳筋女め!!
だが、俺の言葉も虚しく、険悪な雰囲気は更に高まっていく。
「申し訳ありません。直ぐに終わらせますので、少々お待ちください」
「まあボクが勝つけどね」
「天狗も天狗で偉そうなこと言うじゃねーか。良いぜ、お前からねじ伏せてやるぜ」
「御託はいい。さっさと始めるのである!!」
そして全員の体からオーラのようなものが立ち上り始めた。
いやいや、洒落になんねえ!!
4人がお互いににらみ合い、オーラを噴出しながら襲い掛かりあおうとしたとき――。
「いい加減にしろやボケェッ!!」
俺は全力で机を殴りつけた。
ダァン!! と言う大きな音で、3人は我に帰ったようだ。
ちなみに未だ我に帰っていない1人、筋肉ウサギは何故か1人でボディビルディングのポージングをしている。
お前はマジで帰れよ。何しに来たんだよ。
「す、すみません。ボク、気が昂ぶって……」
「あー、その、ごめんな」
「申し訳ありません」
千代ちゃんはしょんぼりとした顔で、狐々さんは大きな狐の耳と尻尾を力が抜けたように垂れ下げて、音把さんは恥ずかしそうに頭を下げた。
落ち着いたか。
ならまあいい。
「あー、落ち着いてくれたなら良いんだけどさ。それよりいい加減に俺のこの状況を説明してくれないか? とりあえず、ここは音把さんに頼みます。よろしくお願いします」
「いえいえっ! 私にそのような言葉遣いは必要ありませんわ」
「ああ? そう。……じゃ、俺も気楽に行くから、あなたも軽くどうぞ」
「……では、私が説明させていただきます」
そう言うと、音把さんは恭しく頭を下げた後、一度咳払いし、口を開いた。
俺はお茶を、音を立てないように気を払いながら口に含みつつ聞いた。
「まず、我々は全員が妖怪なのでございます」
……うん。
まあ、人間じゃないろうとは思ったし、驚きすぎてもう何がなんだかわからない所為で、あまり動揺はしてないけどな。
「そして山本斜郎様。あなた様はかつて日本最強の妖怪であると言われた魔王、『山本五郎左衛門』様の生まれ変わりなのでございます」
「ぶうううううううう!!??」
俺は口からお茶をぶち撒けた。
机にびちゃびちゃとお茶が広がる。
汚いがそれどころではない。
「は、はあ!? なんだよそれ!? 俺は普通に人間なんだぜ!?」
狼狽して俺はそう叫んだ。
俺がぶち撒けたお茶は狐々ちゃんが近くにあったティッシュで拭いてくれていた。
「あ、ありがとう」とだけお礼を言うが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「ええ、斜郎様は確かに人間でございます。しかし、それはまだそうであるというだけなのです」
「……なるほどな。俺がこれから先、化け物になっていくと。じゃあ、その俺と同じ『山本』という魔王はどんな奴だったんだ?」
「……かつて、山本五郎左衛門様は日本の全ての妖怪をまとめる魔王の一角でした」
「ん? 一角ってことは他にも居たのか?」
「はい、それが『神野悪五郎』という妖怪です。日本において強力な妖力や神通力を持った妖怪は数多く居りましたが、魔王と呼ばれるだけの力を持っていたのはこの2人だけです。そしてこの2人の性格はひどく対立しておりました」
「へえ。どんな風に?」
「山本五郎左衛門様は、快楽主義で、利己的な方であったそうですが、その反面、自分が認めたものには種を問わず平等に接する方であったといわれています。実例として、人間でありながら、部下の妖怪を引き連れた五郎左衛門様の脅かしに耐えた稲生平太郎と言う人物には木槌を遺し、それは今でも寺宝として広島にあります」
「ふうん、なるほど」
自分が面白かったら良いというのはわりと俺にも共通する気がするなあ。
なんせ、俺は俺が一番好きだからな。
なんてことを考えながら、俺は音把さんに先を促す。
「一方、神野悪五郎は魔王と言っても、妖怪を引き連れて歩くようなことはありませんでした。寧ろ……、あの者は人間を率いていたと言います」
「うん? 何故人間を?」
「……神野悪五郎は、五郎左衛門様とは異なり明確な目的を持っておりました。それが、この日本を統べる真の王となることでした」
「それは……、人間も含めて、と言うことかな?」
「はい、悪五郎は人間が妖怪を恐れ、また妖怪が人間を脅かすことを無意味であると考え、人も妖怪も共に生きる世を求め、その全てを治める王となろうとしたのでございます。しかし、一方で自らの意に沿わぬものは問答無用で切り捨てる冷酷さも持ち合わせており、それゆえに、奔放な五郎左衛門様とは仲が悪かったのです」
「そっか。そりゃ馬が合わないな」
「ええ、そしてやがて2人は敵対、妖怪を率い、妖怪も人間も自由に生きられる、何より自分が楽しく生きられる世を求めた五郎左衛門様と、人間を率い全てを律しようとした悪五郎は、京の都で凄絶な戦をした後、同士討ち……。共に倒れたのだそうです。それが今より300年ほど前のことでございます」
「……そりゃすごいな。妖怪大戦争じゃねえかよ。でも、それと俺が何の関係が?」
「はい、先ほど稲生平太郎という者の話をしましたね? 実は、その者には家柄が合わぬ想い人がおったのです。……身分の差から2人は共には居られませんでした。しかし、五郎左衛門様がそこを救いなさいました。平太郎の想い人であった女性に『山本』の名をお授けになったのでございます」
「……それにどんな意味が?」
名前付けたからと言って意味があるとは思えんのだが。
俺の言葉に、音把さんは筋肉バニーガール、真理亜に視線を向けた。
「それはこちらの真理亜の名を考えていただければ分かりやすいかと」
「ぐー、ぐー。……ぬ? どうした?」
「……オイオイ。眠ってたのかよ、お前」
嘆息しながら俺はそう言った。
マジで何しにきたんだよ、お前は。
真理亜が寝ていたことには突っ込まず、音把さんは説明を続けた。
「真理亜には苗字が表向きにはありません。それは真理亜の一族である『玉兎』が妖怪の中でも特殊な『神妖』と呼ばれるものだからです。神妖とは、『白澤』、『鳳凰』、『麒麟』といった、妖怪の中でも強力な種族の一つなのです。そして、彼らはその強力な力と引き換えに『真名』を知られてはならない、と言う弱点があります。真名を知られると、そのものに逆らえなくなり、服従せざるを得なくなります。真理亜の場合、苗字が真名に当たるため、秘匿されているのです。……我々、鬼やその他の妖怪もまた、それほどの影響力はありませんが、名前というのは重要な意味を持ちます」
そうか、聞いたことがあるな。
古来より、日本では言霊信仰のように言葉に特殊な意味を持たせていた。
真名も同じようなもので、現代でも密かに真名を持つ家があるとか何とか。
なるほど、ではつまり……。
「『山本』の名を与えることで、何らかの加護があった、と?」
「流石でございます。その女性に『山本』の名を与えることで、五郎左衛門様は自らの力の一端を授けることで、彼女は強い肉体と周囲の妖怪の力を借りることが出来るようになり、その女性は一人でも立派に生きていける力を手にしました。そのため、平太郎は家に認められずともその女性と密かに子を生すことができ、その子はすくすくと育ちました」
「で、それが俺のご先祖様、ってトコかな?」
「重ねて流石でございます。そして、山本様には子が居りませんでしたが、自らの名と力の一端を与えたその子の子孫が300年の時を経て、その子の中に山本五郎左衛門の力が復活するように仕込んだのでございます」
「へえ、なるほどねえ。すげえなあ」
なんだかもう、小学生並みの感想しか出てこない。
もう、理解しきれないのだ。
こんな話、普通なら一笑に付す所なんだが、目の前に妖怪が居るのだ。
理解できずとも、受け入れるしかない。
「……で、俺がその山本さんと稲生平太郎の血を引くものであり、山本五郎左衛門の生まれ変わりだと。そこまでは良いさ。――で、嫁ってのはなんなのさ?」
「はい。その点も説明いたします。私達は、嘗ては山本五郎左衛門様の配下の妖怪として大きな力を持っていました。――しかし現代では、科学の進歩と自然開発により、妖怪の住まう闇が消滅の一途を辿っており、実際に様々な妖怪が絶滅していきました。このままでは我らは全て滅んでしまいます。……それを防ぐためには、山本様の血を、一族に取りいれることが重要なのです」
「なるほど、そのための嫁か……」
ああ、これはつまりハーレムってことか?
だが、俺は周囲を見渡した。
俺の目に映るのは、天狗ロリっ娘、アラサー鬼、メスケモ、筋肉ムキムキバニーガール。
うんレベル高いね。
……俺、これから大丈夫なんだろうか。