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第十四話 狐々秋葉

 アタシの昔の話だ。

 アタシの名前は狐々秋葉。

 妖怪、もっと言うなら狐の妖怪である妖狐であり、更に言うなら3尾の狐だ。

 妖狐という妖怪は尾の数で力が変化する。

 九尾、といえば有名であろう。

 日本で言えば、九尾の狐とは鳥羽上皇を誑かした(たま)藻前(ものまえ)と呼ばれる大妖が有名だ。討たれ死したその後にすら、殺生石と呼ばれる巨大な毒石になったとされている。

 とは言え、その妖怪は私達には関係ない。

 玉藻前は中国から渡来したが、アタシ達の妖狐一族は日本生まれの妖怪だ。族長は九尾だが、日本で生まれた狐が時間をかけ九尾となったものだ。

 さて、そんな妖狐という妖怪には、二通りの生まれ方がある。

 一つは普通の狐が成長し、長生きすることで妖力を得、その結果妖怪になる。

 もう一つは妖狐の親から妖狐として生まれることだ。

 私は妖狐の親から、妖狐として生まれた

 母親は四尾の妖狐であった。

 妖狐は大抵二尾、尾は二本だ。

 それでも立派な妖怪だ。同じく尻尾が二本であっても、猫又とは格が違う。

 妖狐は伊達に獣妖の頭領ではないのだ。

 アタシは尻尾が三本の三尾なので、妖怪としても妖狐としてもそれなりに力はあるほうだ。

 しかし、アタシは一族には認められなかった。


 ――アタシの父親が、人間だったからだ。


 アタシの母親は、確かに妖狐だった。

 しかし、妖狐の母は25年前にある人間の男と出会った。

 如何に妖狐といえどこれほど人間の文明が発達し、居住区を奪われては山の中だけでは生きていけないため、妖狐は人間に化け、人間の中に潜り込むことで、様々な道具や食料を手に入れていた。

 人間に棲家を追われながら、それでもアタシ達は人間達の力を借りるという歪な関係を築いていた。

 そもそも、妖怪というのはそれのみでは生きてはいけない。

 人に恐れられ、人の陰で生きるものだ。

 だから、アタシ達は人間を憎んでも、人間から離れることは出来なかった。

 そう言う意味では必然だったんだろう。

 アタシの母親が人間と結ばれたことは。

 アタシの母親は強力な妖狐であり、人に化けるのも巧く、よく人の中に紛れていた。

 そんな折、偶々出会った人間の男と母は恋に落ち、そうして生まれたのがアタシだ。

 妖狐は化けなければ、本来は尻尾が複数ある大型の狐程度の見た目だ。

 アタシが二足歩行する人間大の狐みたいな姿をしているのはそのせいだ。

 人間の血が入った所為で、アタシは中途半端に人間に近づいてしまったのだ。

 だが、アタシは人間だった自分の父親に会ったことが無い。

 アタシが生まれる前に、交通事故で死んだそうだ。

 母さんはその話をするといつも悲しそうな顔をしていた。

 本当に、悲しそうな顔をしていた。

母さんは、独り残された後も、ずっと父さんが好きだったみたいだ。

 アタシは、……そう言うのはよく分からない。

 アタシが好きなのは母さんだけだったから。

 母さんとアタシは人間と子を為したことで一族の中では村八分のような扱いを受けていた。

 でも、母さんが居たからアタシは幸せだった。

 母さんさえ居れば、アタシは幸せで、毎日毎日が楽しくて仕方が無かった。

 



 でも、そんな母さんも死んだ。


 病だった。

 妖怪でも病を患うことはある。

 だから妖怪にも医学や薬学はあった。

 しかし、そんなものの恩恵が、村八分にされていた母が受けられるはずもなかった。

 人間の医学は人間と動物を診ることはできても、妖怪を診ることは出来ない。

 母さんは自力で何とかしようとしていたみたいだったけれど、結局治せなかった。

 そしてアタシがそんな母さんの容態に気付いたのは、ほとんど母さんが動けなくなってからだった。

 アタシもいい加減馬鹿だった。

 いい加減に馬鹿だった。

 母が自分の苦しみを押し殺していたことに気付けなかった。

 何とか母を助けようと、アタシは族長に助けを求めた。

 母さんを助けたかった。

 母さんが助かればそれでよかった。

 そんな頭を地面に擦りつけるアタシに、族長が言った言葉は簡潔だった。


「葬式は手伝ってやる」


 殺そうと思った。

 ぶっ殺してやろうかと思った。

 ぶち殺してやろうかと思った。

 でも、母さんには時間が無い。

 アタシは自力で母さんを救おうと、山の中を駆け回って薬草をかき集めた。

 でも、結局母さんは助からなかった。

 アタシが薬草を持って帰ったときには、母さんはもう死んでいた。

 妖狐たちは、本当に葬式だけは手伝ってくれた。

 でもそれだけだった。

 何でだ? 

 何で母さんが生きているときには、何もしてくれなかったの? 

 死んだら……、意味無いじゃんか。

 死んじまったらどうにもならないじゃんか。

 なんで、助けてくれなかったの?

 悲しみに打ちひしがられるアタシの耳に聞こえたのは同じ妖狐の言葉だった。


『ああ……。人間なんぞと子を為すからこうなるのよ。死んでよかったわねえ』


 死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった? 死

んでよかった? 死んでよかった? 死んでよかった? 死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?  死んでよかった?

――死んでよかった? 


「言い訳ねえだろッ!! ぶっ殺すぞ!!」


 本当に殺そうと思った。

 アタシは殺されてもいい。

 死んだらあの世で母さんと会える。

 だから、アタシはどうなってもいいから、一匹でも多く妖狐をぶっ殺してやろう。

 アタシがそう決意した時と同じようなタイミングで、山本五郎左衛門の器から力を得、他の四天妖や人間に目にものを見せてやろうと、妖狐たちが画策していることを知った。

 だが、人間に悪感情を抱く妖狐たちが人間相手に股を開くことは、例え打算の上でも屈辱だったらしい。

 そんな時、アタシに白羽の矢が立った。

 親が人間相手に子作りしたなら、お前にも出来るだろう、というのが他の妖狐の言い分だった。

 アタシはその話を即決で受けた。

 理由は簡単だ。

 アタシの母を見殺しにしたのは妖狐だ。

 だが、母さんを誑かしたのは人間だった。

 なら両方に復讐しよう。

 人間を騙して力を奪い、得たその力で妖狐を虐殺しよう。

 父に会ったことがなく、妖狐の中に居場所がなかった私には、人間社会にも妖狐一族にも帰属意識などなかった。

 アタシが帰る場所はどこにもない。

 そんなものは奪われた。

 お前らが奪った。

 だから今度はアタシが奪う。

 そう決意してアタシが出会った人間の男である山本斜郎は、なんと言うかよく分からない奴だった。

 最初のころはチョロそうな奴だと思っていた。

 美しい人間に化ければ簡単だと思ったが、中々どうしてうまくいかない。

 強い薬や妖術は五郎左衛門様の器を傷つけるとして、真理亜に禁止された。

 もどかしいが、神妖である真理亜は他の四天妖より強い。

 数が少ないため、勢力は大きくないが神の名前は伊達ではない。

 真理亜に表立って反発するわけにもいかず、かといってまどろっこしいのも時間がかかるし、音把辺りには先を越されかねない。

 だから、アタシは思い切ってダーリンなんて気持ち悪い呼び方をした上、外堀を埋めることにした。

 外堀を埋めていけばコイツも抵抗できまい。

 名案だと思ったのに、こいつは友人までおかしかった。

 類は友を呼ぶというが、勘弁して欲しい。

 何で変人の周りには変人が集まるんだ。

 どうしようかと思った矢先。

 斜郎のほうから出掛けようなんて言われるとは、思ってもみなかった。

 でもこれも好機。

 この機に距離を縮めて……、そう思ってた。

 でも、アイツと食った料理は美味かった。

 一緒に行った買い物は、疲れたけど楽しかった。

 分け合ったジェラートは美味しかった。

 アイツと一緒に居るのは、思いの外悪くなかった。

 人間と居るのは嫌いだった。

 嫌いなはずだった。

 でも。アイツと居るのは不思議と嫌じゃなかった。

 そして最後に……アイツは鍵をくれた。

 多分、アイツは大して気にも留めていないんだということは分かってた。

 それでも、アタシはさ。

 嬉しかったんだよ。

 単純だとは思うぜ。

 たかだか鍵の一つで。

 でもさ。

 アタシにとってはさ。

 鍵って言うのは、まるでそこに居ても良いよって、言われたみたいで。

 嬉しかったんだよ。

 でも、だからこそ駄目だと思った。

 これは、アタシが化けの皮を被っていたからもらえたものなんだと思った。

 文字通り、アタシは『化けて』たんだからさ。

 だから、これはアタシが貰ったんじゃない。

 騙し取ったものだ。

 でもアタシが騙し取ろうとしたのは力だ。

 居場所じゃない。

 だから、アタシは鍵をつき返した。

 こんな居場所なんて、要らない。

 アタシはただ復讐がしたいんだって、言い聞かせて。

 だけど、その所為で気が動転して、馬鹿やって五郎衆に捕まった。

 本当に馬鹿だ。

 アタシは馬鹿だ。

 救いようがない馬鹿だ。

 死ななきゃ治らない馬鹿だ。

 だからアタシはもう死のう。

 何もかも中途半端だったけど、もういいよ。

 最期の最期が思いのほか楽しかったからさ。

 もういいよ。

 もういいんだよ。

 そう思ってたのにさ。


「何だよ……。全部知ってたのかよ」

「ああ、知ってたよ。君の化けの皮なんてとっくに剥がれていたんだよ」


 斜郎は事も無げにそう言った。

 アタシはとことん馬鹿だなあ。

 騙すつもりが騙されて。なにやってんだろうな、アタシ。


「だからさ、気にせず帰っていいよ。あそこが、あの家が君の家だ。まあひいじいちゃんがどこまで生きるかわかんないけどさ、ひいじいちゃんが生きてる間はあの人に面倒を見てもらってくれ。あの人はまだしばらくピンピンしてるだろうからさ」

「あはは……。なんで、騙されてるって分かった上で、そんなこと言えんだよ。馬鹿じゃねえの?」

「ああ、馬鹿だよ。僕は。でもまあ、馬鹿でも人生は楽しめるもんさ」


 斜郎は笑っていた。

 何で笑ってんだよ。

 本当によく分かんねえなあ。

 本当に……。

 あれ? 何でだろう? 視界がぼやける。歪む。

 何だこれ?


「ハッハッハ!! 何だ、狐々さん泣いてるじゃんか!!」

「え……? 泣いてる? アタシが?」

「ああ。泣いてるよ、まるで童か何かのようだ」


 そうか……。

 アタシ、泣いてんのか。

 そう言えば……、泣いたのっていつ振りだ?

 母さんが死んだ時、泣いたか? 

 いや、泣いていない。

 泣けなかった。

 悲しいよりも、悔しくて腹が立って、仇をとってやろうとしか思ってなかった。

 じゃあ、アタシが泣いたのって何時以来だ?

 あーあ、いい年して情けないなあ。

 でも、それでもいい。

 それでいい。今は、そんなに悪い気分じゃないんだ。


「おっと、なーんか良い雰囲気だが、俺達のことを忘れてないよな」


 だがそこで着流しの男が立ちふさがった。

 斜郎は男と対峙しながらも、口元には薄く笑みを浮かべたままだった。


「忘れてねえよ。五郎衆。神野悪五郎の遺志を継ぐものたち。その目的は明快だ。悪五郎復活と、悪五郎による人間と妖怪の平等な支配だ」

「ほう、よく知っているな」

「まあ、伊達に数週間も盗聴してないさ」

「ふん、なるほどな。で、お前はどうするんだ?」


 ああ、そうだッ。

 事態は何一つよくなっていない。

 他の四天妖はいない。

 斜郎は何の力も持っていない。

 どうする!? 何か考えがあるんだろう!? 斜郎。

 期待にすがるアタシの目に映ったのは、――土下座する斜郎の姿だった。


「……斜郎?」

「頼む。俺の首をやる。山本五郎左衛門の器たるこの俺の首をやる。だから……狐々さんを見逃してやってくれ。同じ人としての最後の頼みだ」

「……ほう。なるほどな。まあ俺達も人さ。それくらいは良かろう」


 着流しの男はそう言って、あたしの結界を解いた。

 それを見て、斜郎は満足そうに微笑んだ。


「……お前ら、俺を殺した後で狐々さんを殺すとか無しな。そんなことしたらマジで取り憑いてやるぞ」

「そんなことはしないさ。お前の首さえあれば十分だ。……やれ左舷(さげん)


 着流しの男の言葉に、左側の仮面の男が動いた。

 その手には何時の間にやら日本刀が握られていた。

 そしてそのまま斜郎につかつかと近づいていく。

 斜郎はポケットに手を突っ込んだまま動かない。

 うそだ。いや、待て。待てって。


「斜郎ォオオオオオオ!! お前、ふざけんなよ!! お前が死んでどうすんだよ!! お前が死んだら、帰る家があっても――アタシはまた、独りじゃんかよ!!」

「――ッ!! 何だ、俺のこと気に入ってくれてたのかよ。そりゃあ、悪いことしたなあ。……ごめんな。狐々さん。今度俺のことを呼ぶ時はさ、『ダーリン』って呼んでくれよな」

「しゃ――ダーリン!! 待って……ッ!!」




 そして、鮮血が舞い一人の男が地に臥した。


夏休みが終わってしまったので更新が遅れました。

すみません。

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