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第11話 デート、もしくは宵闇

「よし、着いた。降りていいよ」


 俺は助手席の狐々さんにそう言い、自分のシートベルトを外した。

 狐々さんもシートベルトを外し、車から降りた。

 俺も車から降り、ドアをロックする。

 そのまま俺を待っていた狐々さんを伴い、店に向かった。


「ここがアンタの言っていた店か? 綺麗なところだな……」

「そうだね。店長さんの趣味らしいよ」


 俺が狐々さんを連れてきたのは、昔からよく来るベーカリーレストラン『kisaragi』

だ。

 店長でパン職人の奥さんの如月(きさらぎ)(あい)さんと、料理人で旦那さんの(こう)()さん、ウェイトレスで娘さんの(こい)さんの3人で営業している。

 俺のひいじいちゃんは年のわりに和洋中華問わずうまいものは何でも食う食道楽の老人だ。

 この店はひいじいちゃんが気に入っており、子どものころからよく連れて来てもらった。

 狐々さんに聞いてみたところ、基本的に和食しか作れないし食べないそうなので、食べてもらおうと思って連れて来た。

 大きいお店ではないが結構客も来るので入れるか分からなかったが、今日は席が空いていたそうなので、2人分の席を取ってもらい、ここで食事をとることにした。

 

「こんにちは」

「あら、いらっしゃい」


 ドアを開け、挨拶した俺に、白とピンクのストライプのシャツの上から黒のエプロンを身につけた女性がそう応えた。

 ウェイトレスの恋さんだ。

 気の優しそうな女性で、確か三十路は超えているはずなのだが中々に若くて綺麗だ。

 実際に結構モテるそうで、彼女目当てのお客さんも多い。

 まあ恋人はいるそうなので、そんなお客さんには、残念だったな馬鹿どもめとしか言いようがないのだけれど。

 

「2人席、取れていますか?」

「ええ、勿論ですよ。こちらです」


 恋さんに先導され、店の奥にある2人席に案内された。

 狐々さんと向かい合うようにして席に座り、メニューを手渡される。


「ではご注文が決まりましたらベルを鳴らしてください」

「はい、ありがとうございます」

「……ふふっ」

「ん? 恋さん、どうかしました?」

「いえ……、あなたが女性を連れてくるだなんて、珍しいこともあるわね、と思って」


 それだけ言って、恋さんは微笑みながらキッチンに向かった。

 そうか、そもそも俺は他の女子と2人でご飯とか行かないしな。

 恋さんも俺の内面は知っているので、珍しく思うのだろう。

 ……しかし今回は狐々さんが大人しかったな。

 なんなんだろうか? さっきのチノの変態行為がそんなに効いたのか?

 と思ったのだが、どうもそれに加えて別のことで悩んでいたらしい。

 と言うのも。


「うぅ~ん」


 唸るようにしてメニューを見ているからだ。

 ここは焼きたてのパンと創作のフレンチがメインだ。

 和食しか食べない狐々さんにはメニューを見てもよく分からないのだろう。


「狐々さん、何頼む?」

「……よく分かんない」

「そっか、じゃあ日替わりのランチコースにしようか。俺もそれにするし」


 あとはメインを肉にするか、魚にするか、最後のデザートなどを選んでいく。

 この店は、夜は兎も角、ランチならそんなに肩肘張るような店でもないので、好きに選んでいく。

 形式張ったところは俺もひいじいちゃんも苦手なんでな。

 恋さんを呼んでオーダーを取ってもらい、しばらく待っていると、最初にごぼうのポタージュが出てきた。

 僕と母の好物である。

 狐々さんも気に入ってくれると良いのだが。


「いただきます」

「……いただきます」

 

 俺と狐々さんは手を合わせてポタージュを口に含む。

 ああ、うまい。

 ごぼうの香りは多少泥臭さもあるのだが、嫌な臭みはない。

 寧ろ癖になる香りだ。

 やっぱ美味いな。

 さて、狐々さんはどうだろうか? 

 そう思い、彼女のほうを見ると……。


「……ッ!!」


 今までで一番良い表情で、ポタージュを堪能していた。

 その目はきらきらと輝き、頬が赤く染まり、鮮やかな唇がだらしなく歪む。

 この娘……、中々いい表情をするな。

 

「ふぁあ……。うまいな、コレ」

「そっか、そう言われると俺も連れて来た甲斐があったってもんだよ。出来れば恋さん達にも言ってあげてな」

「うん!! うん!!」


 美味しそうにスープを飲む狐々さんが、俺の言葉を果たして聞いているのか分からないが、狐々さんが嬉しそうなので由としよう。

 その後もサラダからデザートまでのすべてのコース、そして合間に運ばれる焼き立てのパンも堪能し、狐々さんはひどく嬉しそうな顔で食べつくした。

 俺もよく食うほうなのだが、彼女も健啖家らしく、結構な量を食べていた。

 彼女の細い体のどこに入ったのだろうかと心配になるほどだ。

 

「ごちそうさまでした!」


 食後のドリンクのコーヒーも飲み干し、彼女はそう言った。

 幸せそうな表情だ。

 恋さんも嬉しそうに狐々さんの表情を見ていた。

 どうせなので帰りがけにパンをいくつか購入する。

 狐々さんが気に入った柚子のピールが入ったものと、胡桃を練りこんだもの、あとは俺の好きなクロワッサンを購入し、食事代と合わせてお金を支払った。

 最後に如月さん一家に軽く挨拶して店を出た。

 

「あー、美味かったな。このお店!! また来たいぜ!!」

「おお、気に入ってくれたらよかったよ」

「洋食なんて初めて食ったんだけど、美味いんだな!! 驚いたぜ!! 今までコーヒーくらいしか飲んだことなかったからさ」


 フレンチというか洋食か。

 括り方が雑な気もするが、慣れてなければそんなもんか。

 まあ、いいか。

 俺と狐々さんは再度車に乗り込んだ。

 次の場所に向かうとしようか。


「なあ、このあとはどうするんだ?」

「そうだなあ。服でも買いに行こうかと思っているよ。狐々さんは服ってどうしてんの?」

「アタシか? 普通に家から持ってきたのを着てるけど」

「それ全部和装メイド服?」

「……悪いかよ」

「いや、可愛いよ。でもどうせなら色んなの着たほうがもっと可愛くない? と言うわけで服を買いに行こう、要るものもあるしさ」

「……金がかかるだろ?」

「気にすんなよ、そんなもん。どうせ俺は金のかかる趣味は持ってないしな」


 俺の趣味は精々、食と読書くらいだ。あと多少はゲームをするがそんなにがっつりはしないな。

 筋トレもずっと続けているが、それに関しては趣味と言うより折角つけた筋肉を落としたくないからやっているだけだ。

 学費もかかっていないし、生活費も困っていないので、俺は金には余裕があるのだ。

 奨学金も取っていないので、金を貯める必要もそうはないし。

 であれば狐々さん達の服を買うくらいはワケないさ。

 家事も手伝ってもらっているし。

 あと、俺は女の子の服を見るのは好きなのだ。

 高校時代、伊達や酔狂で女子とファッション雑誌を見ていたわけではない。

 そうして俺は狐々さんと大型のショッピングモールに向かった。




「やっぱりこの娘にはクールな感じのをベースにして、どこかに可愛らしいアイテム一個入れたいんですよね」

「そうですね、細くてスタイルもいいですしぃ、うん。あー! そろそろ秋に向けてこの水玉のカーディガンとかよくないですか?」

「うーん、それなら僕はこっちのポンチョの方が好きですかね」

「あー、それもかわいいですね! どっちにしましょうか?」

「えーと、じゃあ両方試着させてもらっていいですか? こっちのパンツとも合わせてみたいですし」

「そうですね、そうしましょうか。はあい、お客様こちらへどうぞー!!」

「うぇ、あ、はい」


 珍しく狐々さんがたじろいでいる。

 そのまま押しの強い女性店員さんに連れて行かれ、更衣室に這入った。

 しまった、俺もテンションが上がっていたらしい。

 最初に狐々さんの好みなんかも聞いてみたのだけれど、彼女は大体あの和装メイド服らしいので、色やデザインの好みを最初に聞いたあとは俺と店員さんで色々と話を進めてしまっていた。

 うーん、気を付けよう。

 もう少し、狐々さんの好みを聞いて……。


「お客様ー。お連れ様の試着が終わりましたよ」

「……お、いいですね!! あー、でもコレならあっちのシャツとループタイを合わせた方がいいんじゃないですか?」

「それもそうですね。ちょっと変えてみましょうか?」

「え!? またアタシ試着するのかよ!?」

「大丈夫、大丈夫!! 直ぐ終わるから!!」


 しかしまあ、結局俺と店員のお姉さんはそのまま狐々さんに様々なものを着させた。

 狐々さんの好み? ああ、忘れてた。

 最終的に俺と狐々さんは周れる店を片っ端から周り、一万円分の服を購入することとなった。

 女子の服は単価が安い分、一万でも結構色々揃った。

 ただ、安いからと流石に買い過ぎたか。俺はそんなに稼いでいるわけでもないんだがなあ。

 まあ、いいか。俺のバイト代なんだから、好きに使おう。

 しかし、狐々さんが大分疲れたようなので、とりあえず休憩しよう。

 結構時間も経ってしまったし。


「じゃあ、狐々さん。ちょっと休んでいこうか。ジェラート食っていく?」

「……ジェラート?」

「食ったことない? 氷菓子」

「食べる!!」


 この娘は食欲旺盛だなあ。

 まあいつの間にか3時過ぎていたので、おやつには丁度いいだろう。

 ここのジェラートは美味い。

 何故かチェーン店ではなく、イタリア人の男性が作っている本格イタリアンジェラートだ。

 値段は多少張るといえば張るが、気にするほどのもんでもないからいいだろ。

 売り場には軽く人が並んでいたので、荷物はコインロッカーに預け最後尾に俺と狐々さんで並び、並んでいるうちにジェラートを選ぶ。

 結果、俺はアルフォンソマンゴー、狐々さんはかぼちゃを選んだ。


「すみません、かぼちゃとアルフォンソマンゴーをお願いします」

「はい、ありがとうございマス」


 にこやかな店員さんからジェラートをもらい、二人で席に戻る。

 2人で声を合わせて、「いただきます」と言ってから、ジェラートを口に含んだ。

 うまい。建物の中を歩き回って火照った体が冷える。

 たまんねえな。

 口の中で、ゆっくりと溶かしつつ、マンゴーの風味を堪能する。

 やっぱりここのジェラートは美味いな。

 

「うぅん! コレ美味しい!」


 目の前ではやはり狐々さんも美味しそうに食べている。

 そう言えばかぼちゃは食べたことが無かった。

 食べてみたいな。

 

「ねえ、狐々さん。俺の一口上げるからちょっとかぼちゃのジェラートちょうだい」

「……は?」


 狐々さんはまるで何を言っているか分からない様子で首を捻っていた。

 しかし、それを理解したのだろうか。

 ――カァアア、と一気に顔を赤らめ、何故か俺を睨みつけてきた。


「……この変態ッ!!」

「え? 何が?」

「だ、だって! 一緒のもの食うとか、そ、その……」

「え? 唾液が気になるってこと?」

「表現がストレートすぎるわ!! せめて関節キスとかにしとけよ!! 唾液はねえだろ!! 唾液は!!」

「えー、そんなの言われてもさ。君らもっと色々してるじゃんか」

「……ア、アタシのほうからやる分には納得してやってるけど、される分には心構えも何もないだろ!?」

「そんなもんか? まあ気になるならいいけどさ」


 しょうがないので、また今度は音把さんか千代君とでも食べに来よう。

 そのまま、俺はマンゴーのジェラートを食べ進めていたのだが、視線を感じ、顔を上げた。

 すると何故か狐々さんが俺の顔をじっと見つめている。

 その顔は耳まで赤くなったままだ。


「……狐々さん?」

「……たっ、食べたいんなら、一口だけ……。やらんことも……ない」


 顔を真っ赤にしたまま、伏目がちになって狐々さんはそう言った。

 何でたかだか唾液を気にして、俺と一緒に風呂に入ることには抵抗感がないのか、甚だ分からん。

 まあくれると言うのならもらおうか。

 差し出されたかぼちゃのジェラートに俺は口を付けた。

 かぼちゃの自然な甘さと優しい香りがたまらない。うまい。

 どうせならもう少し食べたいが、まあそこはしょうがない。

 基本的には狐々さんの分だしな。

 そして、かわりに狐々さんにマンゴーのジェラートを差し出す。


「ありがとう。代わりにコレ食べていいよ」

「……あ、ああ。うん」


 狐々さんは逡巡していたが、意を決したように頷き、ぎゅっと目を瞑ると俺のジェラートにぱくっとかぶりついた。


「――うまいっ! さわやかな酸味と心地よい甘さが口に広がる!! マンゴー、うまい!」


 この娘、本当に美味しいものを食べているときには良い顔をするなあ。

 美味しいものを美味しそうに食べることはいいことだ。

 まずそうに食べられては作った人にも食材にも失礼だ。

 なにより一緒に食べていて楽しい。


「狐々さんは、美味しいものを食べてる時には、凄く可愛い顔するね」

「……うるさい、バカ」


 そう思って言ってみたが、彼女は顔を赤らめて照れ隠しのようにそう言った。

 あれだな、コレくらいの表情の方が可愛く思えるな。

 やっぱりグイグイ来られるよりも、ちょっと照れているような表情の方が可愛いからなあ。

 どっちにしろ手は出せないのでどうにもならないんですけどね。

 参ったものでございますよ。

 さて、ジェラートも食べ終えて、俺達は席を立った。

 そろそろ食材を買って帰ろうか。

 ああ、でもそうか。

 大事なことを忘れていた。

 ふむ、狐々さんが街に行けるなら買おうと思っていたんだった。


「狐々さん、先に食材を見に行ってくれないかな? 会計までには間に合うようにするから。俺は本を一冊買ってくるから」

「ああ、うん。分かったよ」


 狐々さんにそう言って俺は目的地に向かった。

 ショッピングモールの中なので、直ぐにいけるだろう。

 俺は財布の中の残金がまだ十分であることを確認し、鼻歌交じりに歩いて行った。




「ボクだってデートしたかった!! 美味しいもの食べたかった!! あーんってしたり、されたりしたかった!!」

「わかってるって。今度は千代君を連れて行ってあげるから」

「約束だよ!!」

「ああ、約束だ」

「嘘ついたら針千本飲ませるからね!」

「実際にやるとグロいじゃすまんな」


 風呂を上がった俺はタオルで頭をごしごしと拭きながら、纏わりついてくる千代君に応えていた。

 何でも狐々さんがこっそりデートに言ったのがかなり羨ましかったようだ。

 しょうがないので、今度千代君はゲームセンターにでも連れて行ってあげよう。

 千代君はゲーム好きだからな。

 あ、しまった。翼は……どうしよう。コスプレイベントとかがある日なら誤魔化せないかな。


「あら? 私は駄目なのでございましょうか? 私もシャロ君とお酒を呑みに行ったりしたいのでございます」

「音把さんはお酒か。いいよ。今度ウチのバイト先の居酒屋と、どっかバーにでも連れて行くよ」


 音把さんも上目遣いでそう言ってきたので、今度日取りと店を決めていこうか。

 角は最悪帽子で隠す……か? まあ頻繁にはいけないな。

 街を出歩くならやはり狐々さんが適任だろう。

 しかし約束もしたし、偶には音把さんと千代君もどこかに連れて行こう。

 どちらにせよ2人もどっかに連れて行ってあげようと思っていたし。

 ただ今月は無理だ。

 金がない。

 流石に少々使いすぎた。

 夏休みなので、他にも予定はあるのだ。

 あまり散財ばかりもしていられない。


「ただ、来月になって金が入らないと金銭的にきついからさ。それまでは待っててな」

「ぶぅー。仕方ないなあ。ボク、待つよ」

「そうですか。かしこまりました。気になさらないで欲しいのでございます」

「あはは! まあ何はともあれデート第一号はアタシだな。コレで正室に一歩近づいたぜ!!」


 ソファにふんぞり返る狐々さんがそう言った。

 その姿はいつものケモノ姿に戻っていた。

 尻尾を振りながら、音把さん達を小馬鹿にしたような態度を取り、むっとした千代君と取っ組み合いの喧嘩になりかけるが、俺が軽く不機嫌そうに見つめると、何とか暴れずに口喧嘩で収まった。

 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人を見つめながら、俺は買い物袋からあるものを取り出し、カチャカチャといじる。

部屋の隅で、珍しいことに大人しくダンベルで体を鍛えていた真理亜が、俺のやっていることに気付いたようだ。


「ぬう!! ヌシは何をしておるのであるか?」

「んー、キーケースに鍵をつけているんだ」

「キーケース? そんなの何時買ったんだ? どうするんだ、それ?」

「本を買うとき、こっそり買いに行ったんだよ。そして、コレは君にあげるのさ。狐々さん」


 俺は笑ってそう言い、家の鍵をつけた藍色のレザーキーケースを狐々さんに手渡した。

 狐々さんは受け取ったキーケースをじっと見た後、小首を傾げた。

 この娘は、態度悪いわりに仕草は可愛かったりするんだよな。

 俺は狐々さんの頭をぐりぐりと撫でながら、よく分かっていないらしいので説明する。


「買い物は俺がするつもりだったんだけどさ、やっぱ女性だから要るものもあるだろう。まあ……色々とさ。そういうのは、俺は買いにくいし、気付きにくいからさ。そう言うときは狐々さんに買いに行って欲しいんだよ。完全な人型になれるなら街にも出られるし。音把さんと千代君は、あんまり頻繁に街へ行くと妖怪だとばれそうだからさ。いつでも出かけられるように、狐々さんには鍵を渡しておこうと思って」

「それで……アタシに?」

「うん、ああ。色はそれでよかったかな? 服を買うときに、狐々さんが藍色好きって言ってたから、その色にしたんだけどさ」

「……うん。凄く、好きな色。これ、アタシが貰ってもいいのか?」

「そりゃあそうさ。ボクから君へのプレゼントだもんよ。」


 このキーケースはブランド物ではないが、本革から職人のハンドメイドで作り出されたものだ。

 物はかなり良いだろう。

 俺もあの店で買ったキーケースやダレスバッグは持っているからな。

 中々良い品だと思う。

 狐々さんは俺の渡したキーケースをぎゅっと胸元で抱きしめた。

 そんなに大層なものを渡したつもりはなかったんだけどな。

 まあ喜んでくれてるみたいだし、いいか。


「じゃあ、狐々さん。俺は寝るからさ。みんなもお休みー」

「はーい!! お兄ちゃん、お休みー!!」

「お休みなさいませ」

「ああ、……お休み。ダーリン」

「ぬう!! ゆっくり休むのである!!」




*************************




「アタシの……鍵、か」


 離れに戻った狐々(ここ)秋葉(あきは)は、斜郎に預けられたキーケース、もっと言うならその鍵をじっと見つめていた。

 指先で擦るようにして、その質感を確かめる。

 冷たく、硬い金属の質感。

 しかしそれは、いまだ蒸し暑い晩夏の夜には心地よい。

 何よりも『鍵』という自分が今まで持たされることのなかったものを手にし、狐々は胸の奥が温かくなっていることを自覚していた。


(……鍵。ちっぽけな鍵。それでも、……アタシに帰る場所があるんだって、証明してくれているような気がする)


「……アハハ」

「――今日は、そんなに楽しかったのでございますか? 私達のお役目を忘れるほどに」


 自然と顔がほころぶ狐々に、まるで氷水のように冷たい声が浴びせかけられた。

 薄暗く、電灯でなくぼんやりとした火の玉で照らされた部屋にいるのは、4人の妖怪。

 妖狐、天狗、鬼、玉兎である。

 そして今、声をかけてきたものは鬼の(おと)()()()であった。

 自分を冷たい目で見る仁菜に、秋葉は舌打ちと共に言い返した。


「舐めたこと言うなよ。この程度で、アタシの目的は変わらねえよ」

「ふぅん。それが本当ならいいけどね。しっかりしてよ? ボクらは勢力争いをする敵でもあるけど、人間を『滅ぼす』という共通意思を持った関係でもあるんだから」


 秋葉の言葉に、天狗の千代(ちよ)小桜(こざくら)が応える。

 いつものような、人懐っこい笑みはそこにはない。

 ただ、只管に、餌を探す猛禽類のような眼をしている。

 そんな小桜に、秋葉は牙を剥いた獣の様に獰猛な眼で睨み返す。


「分かってるよ。……そろそろ、『()(ろう)(しゅう)』が動き出す頃合だからな。うかうかしてらんねえよ」

「ならば、その役目をきちんと果たすが良い。我としては不本意だが、貴様らの族長が種の存続のため、不甲斐ない姿を五郎左衛門様に見せぬためと懇願するゆえ、我らが貴様らの行動を許しておるのだ。下手なことをして、五郎左衛門様の器を傷つけ、復活を損なうようなことがあってみよ……」


 (ぎょく)()真理(まり)()はそこで一度言葉を切り、仁菜、小桜、そして秋葉の順に顔を見た後に、言った。




「我が貴様らを1人残らず殺して、()(くび)を叩き落すぞッ!!」


 明確な殺意の篭った言葉に、3人は皮膚がピリピリと軽く引っ掛かれたような錯覚を覚え、ほとんど無意識のうちに頭を地面に擦り付けた。

 冷や汗を垂らしながら、秋葉は喉から声を絞りだした。


「……心得ています。アタシ達は皆、山本五郎左衛門様に仕える者共。必ずや――あの器を御し、完全なる五郎左衛門様の復活の『(にえ)』と致します」

「それを忘れておらぬなら良い。我らの目的は明確だ。五郎左衛門様を蘇らせ、夜を忘れた人間どもにもう一度、妖怪の力を見せ付けてくれる……ッ!! 我らは枯れ尾花でも迷信ではないのだ。それが出来ねば……貴様には『帰る場所』などないぞ。狐々よ」

「……はッ。重々、承知しております」


 そう応えながらも、狐々は斜郎に託されたキーケースを硬く握り締めていた。




 自分のベッドで寝返りを打つ斜郎には当然、そんな秋葉達の言葉は聞こえていなかった。


一話につき3000文字くらいで読みやすくしようと思っていたのですが、気付くと今話は8000文字超えてましたよ。

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