第一話 未知との遭遇
よろしくお願いします。
夏の夜に、陽は落ちてもまだ汗ばむ暑さが残っている。
じっとり汗を掻きながら俺は、自分の口が乾くのを感じる。緊張しているらしい。無理もないか。
今日初めて俺は……、デリヘルを頼んだのだから。
さて、心を落ち着かせるために状況を整理しよう。
俺の名前は山本斜郎。
山本と書いて『さんもと』と読む。
不思議な名前だが、一族で代々この名前を受け継いでいるのだから仕方ない。
下の名前の斜郎というのは、ひいじいちゃんがつけたものだ。
さて、そして俺は、私立 陽真大学に通う大学2年生だ。
まあ、今は夏休みなので大学には行っていないが。
俺の通う陽真大学は実家から遠いが、幸い曽祖父の家がとても近かった。
そのため曽祖父の家に今は住んでいる。
山の麓にあり、周囲を竹林に囲まれた田舎の家だ。
まあ、ちょっと行けば商店街もあるし、大学よりも向こう側に行けばわりと栄えているので買い物にはそう困っていないため、別に良い。
因みに今、曽祖父はこの家にはいない。ああ、死んだわけじゃないけどな。
あの異様に元気のいい化け物じみたひいじいちゃんがそうそうくたばるはずもない。
今は旅行に出かけている。
あのジジィ。直ぐどっか行くからな。
今は確か沖縄のはずだ。
「夏じゃああああ!! 夏といったら海じゃあああ!! 海といったら沖縄じゃああ!! そして水着美女じゃあああ!!」
とかほざいて出かけた。
俺の生まれる前に亡くなったひいばあちゃんも振り回されていたのだろうか、と思ったが、ばあちゃんに訊いてみたところ、ひいばあちゃんが生きていたころは寧ろひいじいちゃんは尻に敷かれていたようだ。
そのとき色々と溜めていたお陰で、今になって面倒なことになってしまったけどな。
大体そんな感じで、ひいじいちゃんが家に居ないことが多いので、俺は1人でこのでかい屋敷を管理しなくてはいけない。
周囲を竹林に囲まれており、コンビニに行くのに自転車で20分、大学までは25分くらいかな。近くの商店街までも自転車で30分くらいだ。
まあこの間、車の免許を取ったので色々と楽にはなったが。
要は、俺はこのでかい屋敷に独りで居ることが多いということだ。
不便なこともあるが、都合のいいこともある。
……そう例えば、デリヘル嬢を呼べるといったり、だ。
俺は今まで女性との性経験も、なんなら交際経験すらない。
と言っても、自分のことを別に特別不細工だとか、コミュ障ではないと思っている。
むしろ顔は良いほうだと言われる。
それなりに身長も高いし、小中学校では野球チームに、高校時代はボクシング部に入っていたので、筋肉もある。
服やアクセサリーも好きで、今も左耳にはリング型のピアスをつけている。
髪も短髪にしており、多少軽薄な印象もあるが、見た目は結構良いほうじゃないのか。
ではなぜ俺には彼女が出来なかったのだろう。
小学生のころの俺は……。
「すげえええ!! めっちゃ大量の蝉の抜け殻だ!! みんな見てみろよ!!」
「ホントだ!! さすがシャロ君だぜ!!」
「蝉の抜け殻集めさせたら日本一だぜ!!」
うん、モテないね。蝉の抜け殻集めるのに人生賭けてたからね。
ワケ分かんねえよ、俺。
あ、ちなみに『シャロ』は俺のあだ名だ。
うーん、じゃあ中学のころは何してたっけ。
「ア○ルパイルバンカァアアアアアア!!」
「痛ええええええ!! シャロ!! それただの勢いのいいカンチョーだろうが!!」
駄目だ。やっぱり頭が悪かった。
何で俺はこんなに頭が悪かったんだろうか。
ア○ルパイルバンカーとか、完全にキチってるじゃんよ。
正気の沙汰とは思えねえな。
えーと、じゃあ高校時代は……。
「えー、やっば!! この人、肌白いな。どんな美白してんの!?」
「あ、やっぱ山本君もそう思う? すごいよねー、このモデルさん!! 肌めっちゃきれいなんだよねー!!」
「マジやばいじゃんこの人!! 俺もこんなんなりたいわー」
女子の持っていた雑誌を見ながらこんな話をしていた。
ファッション雑誌が多かったな。服についても色々話してたな。
女子とは仲良かったんだけどね。何か違うね。距離感がおかしい気がする。
実際に、高校を卒業してから、去年ちょっとした同窓会があったのだが、その際にこんなことを言われた。
「え? 山本君ってホモじゃなかったの!?」
誰がホモだ。
普通に美人なお姉さんが好きだよ。
女性向けファッション誌を見ていたのは、単に女性ものの方が服の幅が広くて見ていて楽しかったからだ。
それが何時の間にやら、俺にオカマ願望があると思われていたらしい。
何てこった。失敗した。
大学ではこんなことにならないようにと思っていたのだが……。
「俺ね、もうなんつーかさ。AV見過ぎて並みのもんじゃ興奮しないって言うかね。なんかもうAV見飽きた気がしてきた」
「だめだこいつ、早く何とかしないと」
立派に手遅れでした。
最近、男の娘とか人外ヒロインとかのほうが興奮するようになった。
もう駄目だ。立派に童貞をこじらせてしまった。
なんか彼女作るのも面倒くさいし。
大体、何で俺が他人のために金と時間使わないといけないの?
意味分かんない。
だったら風俗行くほうがマシだろ。
と、思っていたら、俺は先月二十歳になってしまった。
いかん、流石にいかん。
二十歳で童貞と言うのもどうかと思う。
というわけで、手始めにデリヘルを頼んでみたのだ。
まあ、いつか風俗とかも行こうかなと思ってはいるんだが、最初はデリヘルにしてみた。
……。
「おっしゃあああああ!! テンション上がってきた!!」
人生初デリヘル!! 超わくわくしてきた!! 緊張してたけど、興奮が勝る!!
もう何も考えてらんねえ!!
うひゃひゃひゃひゃ!! 笑いがこみ上げてくる。
そろそろ来るころじゃないかな!!
なんて思っていたところで、『ピンポーン』という軽い音が鳴った。
どうやらインターホンが鳴ったようだ。
来た!! 来たぞおおおお!!
「はーい!! 今開けます!!」
俺は自室を飛び出し、玄関に向かった。
どんな人が来ているのだろう? 興奮が半端じゃないぜ!!
そして俺は玄関に行くと、勢いよくガラス戸を開けた。
「いらっしゃ――」
そこで俺の思考は停止した。
俺の目の前に居た、その人を見たときに。
大きな胸、そして大きく張ったお尻はまさしくダイナマイトボディだ。さらりとしたピンクの長髪。ふわふわとした毛に包まれた兎のように大きな耳。露出度の高い黒を基調としたレオタード。付け襟。カフスに網タイツ、足元にはハイヒール。お尻にはふわふわとした丸い尻尾。
その女性は、いわゆるバニーガールの格好をしていた。
そして、その全てをぶち壊すほどに圧倒的な筋肉の鎧を身に纏っていた。
その姿はまさしく筋骨隆々と言う言葉がふさわしい。
大木のような腕、服の上からも見て取れる腹筋、膨れ上がった肩、網タイツがはちきれんばかりに鍛え抜かれた足。
胸が大きく、髪が長くなれば男だと思っていただろう。
身長も、俺よりはるかに高い。
2メートルはあるだろう。
筋肉ムキムキのバニーガールという謎の存在を前にして、俺は完全に固まった。
そんな俺に、バニーガールは怒鳴るようにして言った。
「我が名は真理亜!! ヌシの遺伝子をもらいに来た!!!!」
「チェンジで!!!!」
俺は全力で戸を閉めた。