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98 ほんと……良く出来てるな、籠宮の夢世界は。記憶力が良いのか、性格のせいなのかは知らんけど

「お、あった!」


 固まったままの自動車の間を擦り抜けて車道を渡り、慧夢は反対側の歩道に向う。

 そして、銀色のシティサイクル風の自転車から降りて、歩道で友人と立ち話している、若い女性の近くに移動する。


 車道の脇を自転車で走っていたら、歩道を歩く友人を見つけたので、歩道に入って自転車を停めて降りた。

 そして、その場で友人と立ち話している……といった感じの状況なので、自転車はスタンドを立てているだけで、鍵はかけられていない。


「自転車、借りるよ!」


 聞こえている訳も無いのだが、一応慧夢は声をかけた上で、自転車のハンドルに手をかけると、スタンドを蹴って解除。

 ハンドルを手で押しながら方向転換すると、サドルに跨ってペダルに足をかけ、慧夢は自転車を漕ぎ始める。


 凍っている領域に存在する物は、単に動きを止めているだけであり、慧夢が動かそうと思えば動かせる為、自転車も普通に乗れてしまうのだ。

 目的地である志月の家は、川神学園から歩いて行くには遠い為、慧夢は自転車を手に入れたのである。


 凍っている領域なら、自転車を慧夢に借りられた……というか奪われたキャラクターは、何の反応もしない。

 だが、川神学園内や近くで自転車を拝借しようとすれば、キャラクター達は抵抗したり騒いだりして、無断拝借し辛い為、凍っている領域に入ってから、慧夢は自転車を入手したのである。


 人も自動車も動かない、まさに凍っているかの様な街並の中を、慧夢は自転車に乗り走り続ける。

 目的地である、志月の家に向かって。


 慧夢が志月の家を目指す理由は、夢の鍵の最有力候補だと慧夢が推測している陽志は、志月の家に現れる筈だからだ。

 事前の調査により、医大の四年生である陽志が、志月と同居しているのは確認済みなのである。


 陽志が今現在、志月の家……籠宮家に在宅しているかどうかは分からないが、同居している以上、籠宮家には戻ってくる筈。

 在宅中なら即座に襲撃し、不在なら帰宅を待って、志月と一緒にいない隙を狙って襲撃するというのが、慧夢の算段だった。


 日付的には梅雨の最中である筈なのだが、晴れ渡った青空の下、慧夢は自転車を漕ぎ続ける。

 自動車も通行人も止まっている為、深夜ならともかく、昼間の現実世界では有り得ないスピードで、慧夢は自動車だらけの車道を自転車で走り抜ける。


 志月の夢世界に入る前に、実際に籠宮家までのルートを自転車で走って覚えた際、見かけたのと同様の景色の中を、慧夢は走っている。

 どちらかといえば古い建物が多い、落ち着いた雰囲気の街並が、現実同様にリアルに再現されているのだ。


「ほんと……良く出来てるな、籠宮の夢世界は。記憶力が良いのか、性格のせいなのかは知らんけど」


 そんな感想を漏らしながら、ペダルを漕ぎ続けている内に、慧夢の乗る自転車は、一際古びた家々が並ぶ、時代に取り残されたかの様な街並に入る。

 ブロック塀などは見当たらない、白壁などにより広い敷地が仕切られている、川神市北側の住宅街に入ったのである。


 籠宮家が存在する住宅街に入った慧夢は、自転車のスピードを落としつつ、記憶を頼りに籠宮家を探す。

 家というよりは屋敷であり、特徴有る数寄屋造りである為、探し出すのは容易だった。


 程無く、慧夢の視界に見覚えのある数奇屋門が、姿を現す。

 白木の格子戸の脇にある、「籠宮」と彫られた石造りの表札が、その屋敷が籠宮家である事を示していた。


 目的地を無事発見出来た慧夢は、安堵しつつも辺りを見回し、自転車を停める場所を探す。

 そして、籠宮家の門の辺りからは死角になる、隣家との間の道路に自転車を停めると、籠宮家の門の前に徒歩で戻って来る。


 主婦と思われる二人の中年女性が、路上で談笑中のまま凍っているのが、門の前にいる慧夢から視認出来るので、この辺りが凍った領域なのは明らか。

 自分が何をしようが、反応して動くキャラクターなどいる筈がないと、慧夢は認識している為、堂々と格子戸を開けて、籠宮家の敷地内に侵入する。


 格子戸を通った慧夢の前に、姿を現したのは鼠色の飛び石。

 白っぽい砂利の上に、程良い間合いで、波打つ様に十個程敷かれた飛び石の向こう側には、玄関の格子戸がある。


「鍵が開いている訳も無し……と」


 周りを見回すと、飛び石は玄関以外の方向……向かって左側にも伸びている。

 手入れの行き届いた松などの庭木が見えるので、左側の飛び石の先には庭があるのだろうと、慧夢は判断する。


「屋敷の庭に面してる側なら、窓がある筈だし、どこか窓が開いているかも……。開いてなくても、斧で破るなら玄関の格子戸より、窓の方が破り易そうだし、庭に行ってみるか」


 とりあえず、慧夢は左側の飛び石を伝い、庭に向う。

 苔の臭いがするのは、壁の影になっている部分の土の表面が、緑色のカーペットでも敷かれているみたいに、苔生しているからだ。


 庭木が程良く陽光を遮る飛び石の上を歩き、慧夢は庭に出る。

 テニスコート二つ分程の広さがある庭は、壁に近い周辺部分に庭石や燈籠……庭木などが、適度な感覚で配置されているが、中央部分は開けていて、開放感のある作りになっている。


 門同様に数寄屋造りの屋敷の、庭に面した部分は、くれ縁(戸で仕切られている、雨風に晒されないタイプの縁側)となっていて、廊下も兼ねた作りになっている。

 くれ縁は本来は板戸なのだろうが、利便性からかガラス戸に換えられていた。


 しかも、そのガラス戸の一枚は、開け放たれていた。



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