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96 籠宮の夢世界、ほぼ現実のまんまだな。夢なのに、きっちりしているというか、何というか……

 まずは左前のポケットから懐中時計を取り出すと、慧夢は蓋を開いて現在の日時を確認。

 懐中時計が示している日時は、六月九日の午後十一時五十二分。


(黒き夢に入る前に確認した時は、確か午後十一時四十六分だった筈。六分くらいしか過ぎていないから、懐中時計は正常に機能していると考えていいな)


 続いて、慧夢は黒板の上の時計に目をやり、夢世界における現在時刻を確認。

 時計の示す時間は三時十七分……授業中という事は、三時が午前の訳が無いので、午後の三時七分。


(六時間目の授業中、もうすぐ終りって辺りだな。日付はどうだろう?)


 慧夢は黒板の右端に目線を移し、日直の名前の上に記された日付を確認。


(六月三十日、現実より二十日先か……)


 特に驚きもせず、慧夢は心の中で呟く。

 夢世界における日時が現実と違う事など、珍しくも何とも無いので、たかが二十日程夢の中が未来であっても、驚くほどでは無いのだ。


 日時が現実と違うどころか、時系列が出鱈目な夢世界も多いし、時系列はまともで日時が現実に近くとも、時間の流れ自体は異なっている場合が多い。

 大抵の場合、夢世界における時間の流れは、現実世界よりは速い。


 時間関連が混乱しているどころか、夢自体が全く別の夢に切り替わり、夢世界ごと完全に変異してしまう事も、ごくたまにある。

 人間が一晩に幾つも夢を見るのは普通なのだが、幽体である慧夢が入ると、夢世界が安定し易いのか、同じ夢世界が長時間持続し易い性質がある。


 故に、慧夢が入った夢世界の主は、目覚めるまで同じ夢を見続ける場合が多い。

 夢世界の主が別の夢を見始めて、夢世界ごと変異するケースに直面するのは、慧夢にとってもレアケースなのだ。


 懐中時計の機能や現在の日時の確認を終えた慧夢は、懐中時計をポケットに戻すと、右後ろのポケットを探り、斧を取り出す。

 ずっしりとした重さがあるのに安堵しつつ、ケースから取り出した斧を、机の下に隠して開いてみる。


 斧は問題無く開くし、刃の部分も鋭い。


(良し、これなら斧も大丈夫だ!)


 慧夢は確認を終えて安堵しつつ、斧を畳んでケースに入れると、ポケットに戻す。

 直後、チャイムが鳴り響き、日本史の授業の終わりを告げる。


(え、もう終わりか!)


 黒板の上の時計を見上げ、慧夢は時計が示す時刻を確認。時計の針は、三時半を示していた。


(三時七分から、まだ五分も経っていない筈なのに、もう三時半? マジで時間の流れが速いな!)


 慣れている事とはいえ、現実に近い夢の中で、急速に時間が進んでしまうと、慧夢は驚きの表情を浮かべざるを得ない。

 ちなみに午後三時半は、六時間目が終る時間であり、その後は帰りのホームルームがあるだけだ。


「授業終り、礼は省略! このままホームルーム始めるよ!」


 六時間目を担当した、担任でもある伽耶が言い放つ。

 本来なら授業の終了時には、教師に対して起立し、礼をするのだが、自分が担任であるクラスの六時間目の授業を担当する場合、伽耶は六時間目終了の礼を省略する場合がある。


(現実の先生みたいだな……)


 夢世界の伽耶が、現実世界の伽耶と同様の行動をするのを見て、慧夢は心の中で呟く。

 その後、伽耶は現実と大差無い帰りのホームルームを行ってから、志月に声をかける。


「――んじゃ 号令!」


「起立!」


 現実世界と同じ、凛とした志月の声が、教室内に響き渡った直後、一年三組の生徒達は一斉に立ち上がった。


「気をつけ! 礼!」


 志月の礼に従い、一斉に姿勢を正して礼をした生徒達に、伽耶も礼を返す。

 その一連の流れは、現実世界と全く変わらない。


(籠宮の夢世界、ほぼ現実のまんまだな。夢なのに、きっちりしているというか、何というか……)


 放課後になり、賑やかになった教室の中を眺めながら、慧夢は心の中で感想を口にする。


(籠宮の叔母さんの夢も、巨大化してた最後の方はともかく……現実の記憶に添ってる感じの夢世界だったから、籠宮家の血筋なのかねぇ?)


「慧夢、部活行こー」


 現実の世界での放課後同様に、既に鞄を手にしている五月に、慧夢は声をかけられる。

 右隣の席の素似合も既に鞄を手にして、慧夢の方を見ている。


(成る程、俺が放課後……五月や素似合と一緒に教室を出る事が多いのを、籠宮は認識しているのか)


 そう志月が認識しているからこその、この夢世界の中での、五月と素似合の行動である。

 現実の五月と素似合ではなく、あくまで志月の夢世界が作り出したキャラクターとしての二人なので、志月の二人に対する認識に基づいて行動しているのだ。


 一見、本物の人間同様に意志がある様に見えるが、意志の無い作り物に過ぎない。

 物凄く良く出来過ぎた、ロールプレイングゲームのNPCノンプレイヤーキャラクターの様な存在と言える。


 故に、別に無視しても構わないのだが、つい普通の人間相手の様にリアクションし、慧夢は五月に普通に返事をしてしまう。


「あ、俺……今日用があるから、部活休むわ」


「そっか……んじゃまたねー!」


 五月は慧夢に、鞄を手にしていない方の手を振りつつ、出入口に向かって歩き出す。


「バイバイ!」


 素似合も五月と共に、鞄を手にして歩き去って行く。

 まるで本物の二人であるかの様に、楽しげに会話を交しながら、二人は去って行く。


 出入口から出て行く、本物ではない五月と素似合を見送ってから、まだ教室内に残っている志月の方に、慧夢は目線を移す。

 絵里や他の友人と話しながら、教室を出て行こうとしている志月を。


(この夢世界の中で、俺以外に本物といえる人間は、この籠宮だけだが……夢の中でも部活に行くのか? それとも帰宅するのか?)


 とりあえず、慧夢は志月の行動を確かめるべく、その後を尾行し始める。

 あくまでもさり気なく、志月に悟られぬ様に。


(籠宮の部活は料理研究部、活動場所はC棟三階にある、家庭科室だったな)


 絵里達と会話を交しながら、廊下を歩いて行く志月を尾行しつつ、慧夢は心の中で呟く。

 慧夢が志月が所属する部活を知ったのは、つい最近。


 志月の夢世界に入るかも知れないと考え始めて以降、志月の情報を集め始めた結果、慧夢は志月の所属する部を知ったのである。

 その程度に、慧夢は志月について余り知らなかったし、元から興味自体が無かったのだ。


(しかし、料理研究部ってのは……籠宮に似合わない気が。背も高いんだし、性格もキツイから、体育会系の部活とかの方が、相性良さそうだけど)


 色々と考えながら尾行を続ける内に、志月達は階段に辿り着く。

 志月は水泳部の友人と別れ、絵里と共に階段を上がって行く。


 一年三組の教室は二階、料理研究部の活動の場である家庭科室も、演劇部が活動の場とする空き教室も、三階にある(演劇部は体育館のステージや外を活動の場にする場合もあるのだが)。

 絵里と共に階段を上がり始めた以上、志月は帰宅せずに料理研究部に向う事になる。


(籠宮は部活に行くのか! だったら、今の内に……籠宮の家に行っちまおう!)


 慧夢は階段を下りると、生徒達の間を擦り抜け、速足で下駄箱を目指す。

 下駄箱がある生徒用のエントランスに辿り着くと、一応は自分の下駄箱を見て、中に上履きがあるのを確認してから、すぐに出入口に向かい、慧夢は校舎の外に出た。


    ×    ×    ×





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