表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/232

09 さっさと入る夢、探さないと……十分なんて、あっという間だし

 閉ざされていた意識が覚めた事に、慧夢を気付かせるのは、耳から飛び込んで来る、聴き慣れたメロディ。

 好きな映画のサウンドトラック集を編集したプレイリストを、枕元のスマートフォンで、鳴らしっ放しにしていたのだ。


 ベッドに入った直後に、一曲目から再生を開始、記憶に残っている、眠る前に最期に聴いていたのが、六曲目だったのを慧夢は思い出す。


「――これ、七曲目だから……まだ眠ったばかりだな」


 呟きながら、瞼を上げた慧夢の目に飛び込んで来るのは、暗い部屋の天井。

 眠る前……ベッドで寝ていた時より、木目が確認出来る程に天井が近くに見えるのは、慧夢が宙に浮いているからだ。

 正確には、肉体から抜け出した慧夢の幽体が、ベッドで仰向けに寝ている慧夢の肉体から離脱し、その一メートル程上を、ふわふわと浮いているのである。


 要は、慧夢は現在……幽体離脱中なのだ。


「――今、何時だろ?」


 慧夢は宙に浮いたまま向きを変え、枕元に置いてある目覚まし時計に目をやる。

 幽体離脱中の慧夢は、陸上だけでなく空中でも、自由自在に幽体の身体を動かせる。


 常夜灯の仄かな光しかない夜でも、仄かなオレンジ色の光を放つので、見易いデジタル時計は、現在時刻が午前一時二十二分であるのを、慧夢に告げる。

 時計のついでに、ベッドの上で仰向けになり眠っている、青いTシャツに短パン姿の自分の姿が、幽体となっている慧夢の目に映る。


 眠っている自分の姿など、慧夢にとっては見飽きているので、別に特別な感慨は無い。

 毎晩の様に見ているのだし、今日……いや昨日は教室で居眠りしてしまったので、二度も見てしまった位なのだから。


「そういや、昨日の居眠りの時は、酷い夢の中に入っちまったな」


 悪夢としか思えない、素似合の夢を思い出し、慧夢はげんなりとした気分になる。


「学校では居眠りしない様に、気をつけてはいるんだけど……」


 慧夢の夢芝居という能力は、眠りの世界に入ると、数秒から数分の間に、自動的に発動する。

 普通は今回みたいに、眠って意識を失ってから数分後、肉体の近くに幽体が分離した状態で、慧夢は意識を取り戻す。


 そうなれば、後は誰の夢であろうが、慧夢は自分で選んで、入り込む事が出来る。

 だが、夢芝居の能力が発動した直後、肉体から幽体が離脱し、意識が回復するまでの間に、近くで眠り……夢を見ている人間がいると、慧夢の幽体は、その人間の夢に吸い込まれてしまうのだ。


 昨日の居眠りで、望んだ訳でも無いのに、素似合の夢の中に入り込んでしまったのは、慧夢が居眠りし始めた時、隣の席の素似合も、居眠りをしていたから。

 幽体離脱した慧夢の意識が回復する前に、慧夢の幽体は素似合の夢に、吸い込まれてしまったのである。


 この近くで寝ている人の夢に、自動的に吸い込まれてしまうのは、同じ部屋で寝ている人間か、屋外なら半径五メートル程の範囲に限られる。

 その条件を満たす人間が、複数存在する場合は、その中で一番近い場所にいる人間の夢に、慧夢の幽体は吸い込まれる。


 つまり、家で寝る時は、自分の個室で眠る為、慧夢は自動的に家族の夢に、吸い込まれたりはしない。

 幽体離脱して意識を取り戻してから、好きに選んだ誰かの夢の中に、入るのだ。


 別に、誰かの夢の中を覗きたくて、慧夢は夢の中に入る訳ではない。

 幽体離脱してから十分位の間に、誰かの夢の中に入らないと、慧夢の幽体は肉体に、自動的に引き戻されてしまう。


 幽体が肉体に戻ると、慧夢は眠りから覚めてしまう。

 つまり、慧夢は誰かの夢の中に入らないと、十分後に目覚めてしまうのだ。


 十分おきに目覚める様では、肉体(この場合、脳も含む)を休める睡眠の役割が果たせず、慧夢の肉体は睡眠不足で衰弱してしまう。

 下手すれば死に繋がる衰弱を避ける為、睡眠時の幽体離脱中、慧夢は誰かの夢に入らざるを得ないのである。


 家族の夢には入るなと、両親に命じられている為、「強制的に吸い込まれてしまう」場合以外、慧夢は家族の夢には入らない。

 幽体離脱状態となった慧夢は、幽体のまま空を飛び……目に付いた誰かの夢の中に入り込む。


「――さっさと入る夢、探さないと……十分なんて、あっという間だし」


 慧夢は枕元にあるスマートフォンを一瞥し、電源を切ろうかどうか迷う。

 幽体でいる時、慧夢は物に触れる事が出来るし、通り抜ける事も出来る。


 つまり、スマートフォンの操作も可能なのだが、物に触るとエネルギー……霊力を消耗してしまうので、幽体離脱の継続時間が減り、十分もたなくなってしまう。

 継続時間が減ると、まともそうな夢を探す時間が減ってしまうので、慧夢としては、継続時間の減少は避けたい。


 少しだけ迷った結果、慧夢は電源を切らず、家を出る事を決め、幽体を上昇させ始める。

 天井にどんどん近付き、慧夢の身体は天井に衝突……せずに、通り抜けてしまう。


 真っ暗な天井裏を通り抜けると、夜の海面の様に瓦が波打つ屋根の上に、慧夢の幽体は飛び出す。

 水しぶきこそ上がらないものの、二階建ての自宅の屋根から、飛び出す慧夢の幽体は、海面からジャンプするイルカの様に見える。


 もっとも、見えるとは言っても、幽体となった慧夢の姿は、普通の人には見えはしない。

 見えるのは、ごく一部の霊能力を持つ人間や、霊的な感覚が強い一部の動物……そして、たまに見かける、死霊の類くらいなのだが。


 屋根を飛び出した慧夢の視界に、程良い感じに欠けた月が浮かぶ、満天の星空が飛び込んで来る。

 この……屋根を飛び出した直後に、目にする夜空の光景が好きなので、慧夢は幽体離脱後に部屋から出る時、仰向けのまま上昇して、屋根の上に飛び出す場合が多い。


 時間が無いので、少しの間だけ美しい星空を楽しんでから、慧夢は身体を裏返し、顔を地上に向ける。

 殆どの人は、地上で眠りに就いているので、夢を探すなら、地上を見ながら空を飛んだ方が良い。


 高度五十メートル程まで上昇してから、慧夢は夜の街の上を、水平飛行に入る。

 低く飛ぶと、広い範囲が見渡せないし、高度を上げ過ぎると、夢を探し難いので、高さは程々が良いのだ。


 スピードも出そうと思えば、飛行機を越える程のスピードが出せる。

 でも、速く飛ぶと霊力の消耗が激しいので、自転車や自動車と同程度のスピードで、飛ぶ場合が多い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ