89 出来ない理由……やらなくて良い理由探して、やらない自分や出来ない自分を正当化してると、結局やりたい事なんて何も出来ずに終るのよ
「幾らなんでも、大人になって……三十過ぎる迄には、ちゃんと自分で相手くらい探せるって」
むすっとした表情で、慧夢は主張する。
「それが出来ない人が多いから、結婚出来ない人が増えて、少子化が進んじゃうんでしょ」
しれっとした表情で、和美は言葉を続ける。
「あんたの場合、彼女の一人も出来た事も、作ろうとする努力もして来ていないじゃない」
「それは、まぁ……そうだけど」
「子供として生きた人生の積み重ねの先に、大人としての人生があるの。これまで努力して来なかった事が、大人になったら出来る様になるとか思い込んでるなら、大間違いよ」
「いや、まぁ……慧夢が女とか恋愛に積極的じゃないのは、夢芝居で女性不信拗らせたせいでもある訳だし……」
夢芝居の能力を持たないが、慧夢に能力を受け継がせた本人でもある唆夢は、その受け継がせた能力が原因で、慧夢が女性相手に恋愛という意味では積極的では無くなっているのを知っている。
故に、責任を感じているので、慧夢のフォローに回ったのだ。
「出来ない理由……やらなくて良い理由探して、やらない自分や出来ない自分を正当化してると、結局やりたい事なんて何も出来ずに終るのよ」
(――素似合みたいな事言い出したな)
渋い顔で和美の話を聞きながら、慧夢は心の中で呟く。
「他の人には無い、面倒な能力を受け継いだのは事実でも、それを言い訳にして、女の子や恋愛から逃げてると、後で苦労するのは慧夢……あんただからね」
「分かった分かった。高校卒業するまでには、彼女の一人くらい作るつもりで、頑張りますって」
やる気の無い面倒臭げな口調で言い放ち、慧夢はその話題を終らせようとするが、和美は話題を終らせる気は無い。
「高校卒業するまでとか悠長過ぎでしょ、少しは焦りなさいよ」
和美は呆れ顔で、話を続ける。
「達成出来るかどうかはともかく、とりあえずの目標は、高一の夏休みが終るまでくらいにしときなさい」
「何でまた、高一の夏休みな訳?」
過去に両親に聞いた話から、微妙に思い当たる節はあったのだが、慧夢は一応訊ねてみる。
「私と唆夢くんが付き合い始めたのが、高一の夏休みからだからよ」
(――やっぱり、それが理由か)
思い当たる節通りだったので、慧夢は心の中で溜息を吐く。
親の恋愛話などというのは、聞いても気まずい気分になるだけなのだが、過去に何度も聞きたくも無いのに聞かされた経験が、慧夢にはあったのだ。
その際、幼馴染だった両親が、高校一年の夏休みに付き合い始めたという話をしていたのを、慧夢は覚えていた。
故に、高校一年の夏休みと聞いて、思い当たる節があったのである。
「私達だって高一の夏休みには、恋人が出来たんだから、あんたも親に負けないつもりで頑張りなさい。来月には夏休み……夏休みは色々と盛り上がる時期なんだから」
「盛り上がる相手がいないんだけど」
「五月ちゃん誘えば良いじゃない、せっかく可愛い幼馴染がいるんだし」
当たり前だと言わんばかりの口調で、和美は言い切る。
(母さんは不思議と俺と五月を、くっ付けたがるんだよな……)
げんなりとした表情を浮かべつつ、慧夢は心の中で愚痴る。
たまにではあるのだが、慧夢と五月が恋人関係になるのを期待するかの様な発言を、和美はする場合が有るのだ。
そういった発言を和美がする理由は、慧夢には分からない。
単に和美が五月を気に入っているという、単純な理由かも知れないし、和美自身が幼馴染と恋人になり、結婚に至ったせいで、幼馴染同士が恋人になるのを肯定的に考えている為、息子にも同様になって欲しいと、考えているせいなのかも知れない。
そんな和美を牽制する為の言葉を、慧夢は口にする。
「五月は夏休み忙しいから無理だよ、お盆が過ぎるまで殆ど暇が無いし」
牽制する為の言葉なのだが、慧夢の言葉は嘘では無い。
「あいつの夏休みのスケジュールは、お盆の時期に開催される、日本最大のオタクの祭典に合わせて組まれてるから」
その祭典とは、いわゆる夏コミ……夏のコミックマーケット。
BL系の同人サークルを運営している五月の夏休みは、お盆の時期を過ぎるまで、夏コミ合わせの同人誌の新刊やグッズ制作に、その殆どが費やされるのだ。