84 確か、この辺りだと思うんだけど
古びた家々が並んでいる、時代遅れの街並。
ブロック塀など見当たらず、石垣や灰がかった白壁などにより、敷地が広く仕切られている、川神市北側の住宅街。
籠宮総合病院がある郊外ではなく、市街地の北端に広がる住宅街は、江戸時代に武家屋敷が並んでいた地区。
建物自体は建て直されていても、当時と余り変わらない区割りが維持されていて、木造和風建築の屋敷が多いのだ。
そんな住宅街に、慧夢はいた。
慧夢はジーンズに白いTシャツという素っ気無い私服姿で、ゆっくりと自転車で走っていた。
「確か、この辺りだと思うんだけど」
スマートフォンで確認した地図を思い出しつつ、慧夢は周囲を見回す。
白壁が途切れ、間口が二つある幅の広い数奇屋門が姿を現す。
白木の格子戸の脇にある石造りの表札には、「籠宮」の文字が彫られている。
壁と数奇屋門の上からは、手入れの行き届いた松などの庭木が顔を出していて、和風の庭園が整えられているのは、庭を覗き込まずとも見て分かる。
庭木同様、壁や門の上から確認出来る屋敷は、二階部分だけでも普通の家の倍以上は、部屋数が有りそうに見える程に大きい。
だが、門と同じ数寄屋造りの木造建築のせいか、軽妙にして気取りを感じさせない、趣味の良い屋敷だ。
目当てである志月の家を見つけ出し、その門の前で自転車を停めた慧夢は、思わず驚きの声を上げる。
「――これが、籠宮ん家か。でけぇな、おい!」
慧夢が志月の家を見に来たのは、志月の家近辺の土地勘を、少しでも身につけておこうと考えたからだ。
志月の夢世界は、高い確率で志月が普段暮らしている場所が、その舞台として取り込まれる。
つまり、志月の家や通う学校などが、その舞台となる可能性が高い訳だ。
学校は同じなので詳しいのだが、市の北側には余り行かないので、志月の家がある北側の住宅街などは、慧夢は全く知識も土地勘も無い状態。
夢世界の中で、何も知らない場所に放り出されるのは何時もの事なのだが、今回は黙っていても時が過ぎれば夢の主が目覚める、何時もの夢とは違う。
制限時間内に目的を果たさなければ、命を失う前提で夢世界に入るので、事前に夢世界の舞台となりそうな場所の土地勘を、身に付けておこうと慧夢は思ったのだ。
最低限の土地勘が有れば、夢世界の中で志月の家を探して道に迷ったりする、時間のロスを避けられるかも知れない。
故に、部活をサボって帰宅した後、志月の自宅周辺の地図を頭に叩き込んでから、買い物のついでに志月の家を探してみる事にしたのである。
「この辺りの屋敷の中でも、少し変わった作りの屋敷だし、これなら夢の中でのマップが現実とは違っていても、探し出すのは難しくないかもな」
数寄屋造りを知らない慧夢は、「少し変わった作り」と評した、志月の屋敷の姿を心に刻み付ける。
そして、この場での目的を果たし終えたので、次なる目的を果たす為、慧夢は停めていた自転車のペダルを漕ぎ出す。
志月の夢世界に入るのに、必要な物を買い揃える為、市の中心部にある商業地区に向かって、慧夢は自転車を走らせる。
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