80 本当にやりたい様にやれば命の危険があり、命の危険を恐れて逃げれば、その先の人生が酷い有様に……嫌な二択だ
(籠宮の命を救いたいと思ってる俺が、命懸けだからと怯えたり、死にたがっている籠宮の意思を尊重するのを理由にして、籠宮の命を救わないと……)
その場合、自分の未来がどうなるかを、慧夢は想像してみる。
そして、自ら死を選ぼうとした志月を救いたいと思いながら救わなかった過去から、逃げられる訳などない事を、すぐに慧夢は思い知る。
学校に通えば志月と親しかった友人達と、顔を合わせざるを得ないし、自殺に関するニュースはマスメディアやネットが頻繁に報じている。
志月を救わなかった過去を、慧夢に思い出させるトリガーとなる事は、この先の人生に溢れ返っているのだ。
素似合の言う通り、過去を思い出す度に、後悔に苛まれては自分の精神を救おうとして、自己正当化に人生の多くの時間を、無駄に費やす羽目になるのだろうと、慧夢は思う。
「籠宮を助けたいと思う自分に嘘を吐いて、色々理由付けて籠宮を助けなければ、先に待っているのは、後悔と自己正当化に塗り潰された人生か……」
そんな未来を想像するだけでも、慧夢はげんなりとしてしまう。
「本当にやりたい様にやれば命の危険があり、命の危険を恐れて逃げれば、その先の人生が酷い有様に……嫌な二択だ」
一度、深く溜息を吐いてから、慧夢は呟き続ける。
「――命の危険があろうが、本当にやりたい様にやり、成功するのがベストなんだろうけど、少年漫画のヒーローじゃないんだから、そんな簡単に命懸けになんかなれないっての」
以前と似た様な愚痴を吐いた慧夢の頭に、「ヒーロー」という言葉と関わりがある、志津子との会話が甦る。
命を助けてくれたNGOの医者達への、「自分達だって死ぬかもしれないのに、何故命懸けで戦地に赴き、医療ボランティアをしているのか?」という大志の問いへの、答についての会話だ。
「『スーパーパワーを持つスーパーヒーローが、命の危険に怯えて悪党と戦わないで、スーパーパワーを世の中の為に使わなかったら、悪党が好き放題出来て、世の中が無茶苦茶になるだろう? だからさ』って答えたんだって」
志津子は自分の理解に基づいて、大志から聞いた話を噛み砕いて慧夢に伝えた。
「意訳すると、『優れた力を与えられた者は、その力を世の為に使わなければならない、例え命の危険がある場合であっても』って感じかな」
「――そうしないと、世の中が無茶苦茶に……悪くなるから?」
慧夢の問いに、志津子は頷いた。
そして、医者達の話に感銘を受けた大志が、その後医師を目指した事や、志津子自身も大志の影響で医師を目指した事、二人が医師としての仕事をするだけでなく、医療ボランティアとしての活動も続けている……といった話をしていたのを、慧夢は思い出した。
「優れた力を与えられた者は、その力を世の為に使わなければならない、例え命の危険がある場合であっても。そうしないと、世の中が無茶苦茶に……悪くなるから」
志津子から聞いた話自体には、慧夢は説得力を感じた。
優れた力を与えられた者には、その能力を世の中の為に役立てて貰わないより、役立てて貰う方が、世の中が良くなるに決まっているのだから。
でも、それはあくまで優れた能力を与えられた者の話。
自分に当てはまる話だと、少し前までの慧夢には思えなかっただろう……優れた能力を与えられた自覚など、慧夢自身には無かったのだから。
慧夢は自分以外の夢の世界……夢世界に入る、夢芝居という特殊能力を持っている。
他の誰も持っていない能力ではあるのだが、慧夢の認識では優れた特殊能力というよりは、面倒臭い特異体質というのが、本音だったのだ。
普通の人の様に眠る事が出来ず、他者である慧夢からすれば、見ても面白い場合より不快な場合が多い、人間の本性が露になった他人の夢を、毎晩見なければならないだけでも、精神衛生に悪い。
その上、人間が隠している欲望や願望、記憶などを……夢を通して知ってしまう為に、小学生の頃には酷い人間不信を拗らせる目にすら、慧夢は遭っていた。
夢占い師を営んでいた幻夢斎とは違い、まだ働いていない子供である慧夢からすれば、夢芝居は特殊能力というよりは、自分の人生で多くの余計なトラブルを抱え込む羽目になった、面倒な特異体質でしかなかったのが現実。
故に、夢芝居を優れた力などと、慧夢は思えずにいたのだ。
思えずに「いた」と、過去形になっているのは、ここ数日……その認識に微妙に変化が、起こり始めていたからである。
変化の切っ掛けとなった絵里の話を、慧夢は思い出す。