08 その辺の事が分かって無いから、慧夢はモテないし、彼女が出来ないんだよ
「意外だね、籠宮って……あんたの好きそうな美少女なのに、苦手なの?」
問われた素似合は左手を開き、右手の人差し指で、左手の薬指を指す。
「――男がいないなら、ある程度は性格のキツさにも、目を瞑れるんだけど……」
籠宮にチラリと目線を送りつつ、素似合は言葉を続ける。
「僕は人の物には手を出さない主義なんでね、決まった男がいる時点で、僕にとっては論外の相手という訳さ」
素似合が自分の左手の薬指を、指し示したのを見て、慧夢と五月は志月の方に目をやり、その左手の薬指を確認する。
志月が左手の薬指に指輪をはめているという意味合いだと、二人は素似合のジェスチャーを、解釈したのだ。
だが、ステディな関係の男がいるのを示す、左手の薬指の指輪を、志月がはめていなかったのを、慧夢と五月は目で確認する。
何もはめていないじゃないかと、言わんばかりの表情で、慧夢と五月は、素似合に目線を移す。
「学校にいる時は、校則違反になるから、外してるんだよ」
人目につく形でのアクセサリーの装着は、校則で禁じられているのだ。
「だけど、薬指には指輪の跡が、何時も残ってるし……」
慧夢と五月に、素似合は説明を続ける。
「いつも籠宮が首からぶら下げてるの、あれペンダントに見えるけど只のネックレスで、ハートが刻まれたシルバーリングを、ペンダントトップみたいにぶら下げてるだけなんだ」
一般的には、ペンダントトップなどの装飾品が付いているのがペンダント、装飾品が無い首飾りが、ネックレスと呼ばれている。
「だから、たぶん……学校の外では、あのシルバーリングをはめてるのさ」
指輪は制服姿でも人目についてしまうが、制服姿で人目につかないタイプのネックレスなら、校則違反にはならないのだ。
「――良く気付いたな、そんな……指輪の跡とか、ネックレスにぶら下げてる指輪だとか」
自分が全く気付かなかった事に、気付いていた素似合に対し、慧夢は感嘆の言葉を口にする。
「性格はともかく、見た目は好みだから、つい何かと……観察対象にしてしまってね」
その観察対象となっていた志月が、鞄を手にして教室を出て行く後姿を、横目で見ながらの、素似合の言葉だ。
「そういや、あんた……体育の着替えの時、籠宮の隣で着替えてた時あったよね?」
呆れ顔の五月は、半目で睨みつつ、素似合に問いかける。
「いやー、可愛い子の近くで着替えると、つい目が勝手に胸の辺りを見てしまうんだよ。女の本能って奴だ」
「――それ、普通は男の本能だろ」
慧夢に突っ込まれ、素似合は苦笑する。
「まぁ、とにかく……言い合いとか口喧嘩とかになった時、オーバーキル……やり過ぎるのは慧夢の悪い癖だよ」
五月は慧夢に、幼馴染の友人としての助言を続ける。
「これまで散々、それで痛い目に遭ってるんだから、いい加減……学習した方がいい。慧夢は頭は良いし物知りだが、頭と知識の使い方を、間違えてる場合が多過ぎる」
続いて、素似合が口を開く。
「女の子は愛でる相手であって、言い負かしたり、打ち負かす相手じゃない。その辺の事が分かって無いから、慧夢はモテないし、彼女が出来ないんだよ」
幼馴染であり、親しい友人である二人が、自分の事を思っての厳しい助言なのは、慧夢も分かっている。
自分でも志月に、言い過ぎた自覚があったので、慧夢は二人に言い返したりはせず、素直に助言に耳を傾ける。
「あれ? でも素似合って、私の事……言い負かそうとするよね?」
素似合の発言と自分に対する言動に関する、矛盾に気付いた五月は、素似合に文句を言う。
「言い負かす相手じゃないとか言うなら、それ止めて、私に対する態度を改めなさいよ!」
しれっとした口調で、素似合は言い返す。
「僕の中では、男ばかりの恋愛幻想に浸る腐女子は、女の子のカテゴリーに入らないんで、五月は女の子じゃないからね」
「何言ってんのよ、あんたが普通だと思い込んでる妹達だって、気付いていないだけで、確率的に5パーセントくらいは、絶対に隠れ腐女子よ! 女の子の二十人に一人は、腐女子なんだから!」
「有り得ないね! 僕の妹達は皆、健全かつノーマルな、女の子が好きな女の子さ!」
「女の子が好きな女の子は、ノーマルじゃないッ!」
また言い合いを始めながら、素似合と五月は鞄を手に、教室の出入口に向って歩き始める。
素似合は体育館、五月は小規模部活棟と、行き先は違うのだが、喧嘩する程仲が良いを地で行く二人は、放課後……部活動に向う際、途中まで一緒に行く場合が多いのだ。
二人と仲が良く、目的地が五月と同じ慧夢も、二人と共に教室を出る場合が多いのだが、今日は何となく……一緒に行く気にはなれず、少し遅れて教室を出る事を決める。
机の中の教科書やノートなどを、鞄の中に移し終えると、慧夢は窓の外に目をやる。
二階の窓からは、ジャージや体操着、ユニフォームなどに身を包んだ、運動部系の生徒達や、帰宅するのだろう制服姿の生徒達が行き交う、校舎と運動場の間にある通路が見える。
ふと、慧夢の目線が……制服姿の男女に、引き寄せられる。
身を寄せ合い、楽しげに話している二人は、付き合っていると噂される、同学年の男女の生徒達だ。
楽しそうなカップルの姿を目にした、慧夢の頭の中に、素似合の言葉が甦る。
「女の子は愛でる相手であって、言い負かしたり、打ち負かす相手じゃない。その辺の事が分かって無いから、慧夢はモテないし、彼女が出来ないんだよ」
素似合の言う通り、慧夢が女にもてないのは事実だ。高校一年生となった現在に至るまで、彼女が出来た事は無い。
憧れていた女性の夢を、夢芝居で覗いた結果、心に受けた精神的外傷のせいで、やや女性不信なところが、慧夢にはある。
その為、恋人を積極的に作ろうとしなかったのも、彼女が出来なかった原因ではあるのだが、自分が女にもてない自覚は、慧夢自身にもあるのだ。
もてない理由は言うまでもなく、目付きの悪さと口の悪さ。
素似合の言う通り、「分かって無い」ところがあるからなのだろうと、慧夢は思う。
「――別に、もてたくなんて……ないやい」
楽しげなカップルを見下ろしながら、慧夢は誰にも聞き取れないだろう小声で、ぼそりと捨て台詞を吐く。
それが、ただの負け惜しみでしかないのを、慧夢は何となく気付きながらも、それを認める気にはなれない。
もやっとした気分のまま、慧夢は窓の外を眺めるのを止めて、鞄を手に取ると、教室の出入口に向って歩き出す。小規模部活棟に向う為に……。
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