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77 君とは初めて会った気が、しないせいなんだと思うけど。本当に私達……初対面なのかな?

 夜も終盤に近付いている時間帯とはいえ、住宅地は寝静まっている。

 本来なら静寂に包まれている筈なのだが、とある二階建ての住宅付近だけ、アイドリング中のエンジン音が鳴り響いている。


 その住宅とは、慧夢の家……夢占家。


(――寝てる人起こす程じゃないよな、流石に)


 アイドリング中なので走行中程では無いが、ハンヴィーの五月蝿いエンジン音に、少しばかり不安を覚えつつ、慧夢は自転車のハンドルとサドルを掴む。

 慧夢がいるのはハンヴィーの荷台の上、自転車を下ろそうとしている最中なのだ。


 慧夢は自転車を持ち上げ、荷台の端に移動すると、今度は荷台の下に自転車をゆっくりと下げ始める。


「ゆっくりね」


 荷台の後ろにいる志津子が、慧夢が下ろした自転車に手を伸ばし、サドルやハンドルの下のパイプを掴んで、自転車を受け取る。

 そのまま志津子は自転車を、丁寧に路上に下ろす。


「家まで送ってもらった上、こんな事まで手伝わせちゃって、すいません」


 荷台から飛び降りた慧夢は、志津子に声をかけた。


「気にしないでよ、これくらいの事」


「あ、食事もご馳走様でした」


 慧夢は自分の自転車に手をかけつつ、志津子に軽く頭を下げる。


「こちらこそ、一人で食べるより色々話しながら食事が出来て、楽しかったよ。いつもは一人で寂しく食べるか、仕事相手と仕事の話とかしながらばかりだからね」


 志津子の表情は、その言葉が嘘では無いのを表している。

 食事の際だけでなく、車中でも志津子は慧夢と色々と話したのだが、趣味が被っている部分もあり、会話は結構盛り上がったのだ。


「患者とかは別にして、初対面の人と……こんなに色々喋ったの、初めてだよ」


 興味深げな目で慧夢の顔を見ながら、志津子は言葉を続ける。


「君とは初めて会った気が、しないせいなんだと思うけど。本当に私達……初対面なのかな?」


「本当に初対面ですよ」


 問いに答えてから、多少志津子への後ろめたさを覚えつつ、慧夢は心の中で呟く。


(ま、夢の中では会ってますとか言っても、信じたりしないだろうし、下手に夢の中での俺との出会いを、思い出されても拙いけどさ)


 志津子が慧夢を初対面だとは思えないのは、慧夢と出会った夢の内容自体は、記憶の奥底に沈んでいて思い出せないが、慧夢についての印象自体は、記憶の奥底には沈んでいない為。

 志津子からすれば、夢の中とはいえ押し倒された相手なのだから、ネガティブな印象を慧夢に持っていても、おかしくは無い筈。


 だが、慧夢は志津子の兄である大志を助けた恩人という形で、現実世界の志津子の前に現れた。

 そのせいで、ネガティブな印象がポジティブな印象に転じつつ、初めて会った気がしない存在に、慧夢はなっていたのだ。


 現実世界では初対面である慧夢相手に、親しい相手にしかしない様な話をする程、志津子が話し込んでしまったのは、そういった心理状態の所為せいであった。


「本当に初対面かぁ……確かに、まだ名前も知らないんだから、初対面……なのかな」


 夢芝居のせいで、慧夢は志津子の名前を知っているが、志津子は慧夢の名を知らない。

 色々と話し込んではいたのだが、まともに自己紹介し合う会話の流れにはならなかったので、二人は相手に自分の名前を、教えてはいなかったのである。


「そう言えば、ちゃんと自己紹介していなかったと思うから……」


 志津子はポケットから財布を取り出し、中から一枚の名刺を抜き取る。

 そして、財布をポケットに戻してから、志津子は名刺を慧夢に手渡す。


「これ、どうぞ」


「あ、どうも……ご丁寧に」


 慧夢は名刺を受け取る。

 籠宮志津子という名前と、籠宮総合病院内での役職や、仕事上の連絡先などが記された、シンプルな名刺を。


「私は籠宮志津子、君のクラスメートの籠宮志月の叔母で、籠宮総合病院の医者よ」


 志津子の名刺を受け取り、自己紹介を聞いた慧夢は、名刺など持ち合わせていないので、家の門の表札を指差し、自己紹介する。


「川神学園高等部、一年三組の夢占慧夢です」


「――夢を占うと書いて、夢占ゆめうら……珍しい苗字ね」


 表札で「夢占」という文字を目にした志津子は、何かが引っかかった風な表情を浮かべる。

 珍しい夢占という苗字に、聞き覚えがあった気がした為。


「俺……そろそろ寝ないと、明日やばいんで」


 名刺をポケットにしまうと、引っかかる何かを思い出そうとしている志津子に、慧夢は声をかける。


「あ、そうだね」


 慧夢に声をかけられ、何かを思い出そうとしている暇がある場面でないのを察し、志津子は言葉を返す。


「今夜はこれで……ちゃんとしたお礼は、また後日という事で」


「いや、お礼とか……ホント構わないで下さい」


「そういう訳には行かないよ。こういう事は、ちゃんとしておかないと」


 断っても無駄だと言わんばかりの口調で言った後、志津子は微笑みながら、言葉を続ける。


「――それじゃ、今日の所は……お休みなさい」


「お休みなさい」


 慧夢の言葉を聞いた志津子は、踵を返して運転席の方に向うと、ドアを開けて運転席に乗り込む。

 そして、アイドリング状態だったハンヴィーを、志津子はスタートさせる。


 夜の空気を震わせる程に喧しいエンジン音を、再び響かせ始めたハンヴィーは、慧夢を残して夜道を走り去って行く。

 そんなハンヴィーを見送りながら、慧夢は呟く。


「日本の住宅街走るのが、ホント似合わない車だな……」


 ハンヴィーが角を曲がり、その姿を消してから、慧夢は自転車を押しつつ門の中に入る。

 そして自転車を停めると、家人を起こさぬ様に静かにドアを開け、家の中に入った。


    ×    ×    ×





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