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76 そうだね。まぁ、永眠病は実在しないから、そんな事にはなりっこないんだけど

「あ、そうそう! 兄さん夫婦といえば……陽志じゃなくて、兄さん夫婦がプレゼントした奴もあったよ、志月が大事にしている物!」


 陽志の話に絡めて、大志と陽子の夫婦の話を出したせいで、その夫婦が志月にプレゼントした物にも、宝物レベルで大切にされている物があるのを、志津子は思い出したのだ。


「小さな子供くらいの大きさがある、クマのヌイグルミ。志月が『ツッキー』って名前付けて、小さい頃から友達みたいにして遊んでいたんだ」


 そう言いながら、志津子はジェスチャーでヌイグルミの大きさを示す。

 志津子のジェスチャーは、クマのヌイグルミが一メートル以上の大きさの物であるのを、示していた。


「ツッキーっていうと、ツキノワグマっぽい響きだし、これもツキノワグマ関連?」


「いや、ツッキーはツキノワじゃない、只のクマのヌイグルミ。具体的に何のクマがモデルかは知らないけど、白い三日月みたいな部分は無い奴だから」


「じゃあ、ツッキーというのはツキノワグマじゃなくて、別の言葉から?」


「どうなんだろう? 正直言うと、ツッキーって名付けられた理由は、私も知らないのよ」


 慧夢の問いに、志津子は首を傾げる。


「子供の頃の志月が、ツッキーで遊んでいるのを見た時も、ツキノワグマ好きだから、普通のクマのヌイグルミにも、ツキノワグマっぽい名前を付けてるのかなと思った事があるくらいで」


 ヌイグルミに子供が付ける名前について、大人は真剣に気にしたり考えたりはしないものだろう。

 まして志月の子供時代の話なのだから、子供時代の志月に理由を聞いていても、覚えていなくても普通の事だ。


「まぁ、志月の宝物というと、思い付くのは……これくらいかな」


「籠宮さんが本当に永眠病で、眠りの世界から呼び覚ます方法を試したら、枕元が月やツキノワグマグッズだらけになりそうですね……ツッキーと木刀は別にして」


「そうだね。まぁ、永眠病は実在しないから、そんな事にはなりっこないんだけど」


 微笑みながらの、志津子の冗談めかした言葉。

 だが、その微笑がどこかぎこちないのは、口にした言葉が明らかな嘘であるが故。


 直後、幾つもの料理のトレイが載った、木製の配膳ワゴンを転がしながら現れたウェイトレスが、二人の会話を遮る様に声をかけてくる。


「――お待たせしました。豚かつ御膳のお客様は?」


「私です!」


 志津子は声を上げ、ウェイトレスからトレイを受け取ると、温かそうに湯気を立ち上らせている豚かつ御膳のトレイを、自分の前に置く。


「和風ハンバーグとライスのセットのお客様は?」


「俺です!」


 続いて、慧夢が和風ハンバーグとライスのセットが載ったトレイを受け取り、目の前に置く。

 食欲を刺激する肉の脂の匂いは、空腹の慧夢には魅惑的だ。


 ボロネーゼとドリアも同時に届いたのだが、この二つはセットメニューでは無いので、皿のまま志津子に手渡され、志津子は空いているスペースに皿を置いた。


(こうやってテーブルに並べられると、凄まじいボリュームだな)


 四人用のテーブルを二人で使っているのに、テーブルの上は四人で使っているも同然の状態で賑わっている。

 その大部分が志津子の分なのだから、そのボリュームは圧巻だ。


 配膳ワゴンと共にウェイトレスが去ってから、志津子は慧夢に声をかける。


「――じゃ、頂きましょう」


「あ、はい……頂きます」


 二人は箸を手に取り、志津子は豚かつ御膳を、慧夢は和風ハンバーグを、それぞれ食べ始める。

 ウェイトレスの出現により会話の流れが途切れ、食事も始まったので、志月の大事な物に関する話は終ってしまった。


 会話をしながらも、志津子と色々と話はしたのだが、元の話題に戻すのが不自然すぎる流れの会話だったので、慧夢は話題を戻すのを控えた。

 一応、志津子から得たいと思っていた情報……志月の大事な物が何かという情報が、既に得られていたせいでもあるのだが。


 色々と話しながらでも、志津子はハイパワーの掃除機の如き食欲で、テーブルの上に並べられた食べ物を、吸い込む様に胃の中に収めてしまった。

 その後、慧夢の分を一つ、自分の分を三つ……アイスをデザートとして注文した。


 一人分でも結構分量が多いアイスを、慧夢が食べ終わった頃合、同時に三つ全てを食べ終えた志津子は、呆然とする慧夢の前で言い放った。


「まだ少し食べ足りないけど、今夜は当直じゃないから、少し控え目にしておかないとね」


(――少し控え目って、普段どんだけ食ってるんだよ?)


 志津子の食欲に驚き呆れつつ、慧夢の志津子との深夜の食事は終った。

 志津子と共に席を立った慧夢は、レジで会計を済ませた志津子と共に、ドアを開けてロイヤルホステスを後にした。


 幹線道路を走る車のヘッドライトが、流れ星の様に視界を右から左に流れて行くのを横目に見ながら、慧夢は志津子の後に続いて歩く。

 ロイヤルホステスの窓から漏れる灯りのせいで、余り暗くは無い駐車場の中を、停車しているハンヴィーに向かって。


    ×    ×    ×





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