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75 ああ、いますね……そういう奴。俺の友達にも一人、そういう奴が

「永眠病の患者にとって大事な物……宝物みたいにしている物を、眠っている患者の枕元に、なるべく数多く置いておくだけです」


 慧夢は涼しい顔で、即興の作り話を続ける。


「そうすると、永眠病患者は眠っていても、近くにある大事な物の存在を感じ取り、その魅力に引き寄せられる形で、夢の世界から現実の世界に引き戻される……みたいな感じでした」


「――成る程、一種のまじないみたいなものね」


 志津子は真剣な顔で、慧夢が語った方法について分析してみる。


「でも、長期間意識不明だった人が、家族やペットが枕元にいた時に、意識が回復した事例は多いし、考え様によっては……無い話では無いのかも」


 医学的には現時点で有効な手段が無いせいもあり、今の志津子はわらにもすがりたい心理状態。

 まじないレベルの方法であっても、大事な姪にしてあげられる事があるなら、志津子は何かをしてやりたい心境なのだ。


 そんな心境を利用し、慧夢は志津子から知りたい情報を引き出す為の、問いかけをする。

 あくまで気楽な雑談を装って。


「仮に……籠宮さんが永眠病だって噂が本当だったら、枕元には何を置けば良かったんですかね?」


 本来なら身内のプライバシーに関わる様な話なので、初対面の相手に答える様なものでは無いのかもしれない。

 でも、今の志津子は慧夢には深く感謝をしているし、志津子自身が慧夢に色々と問いかけた直後。


 自分が色々と訊いておきながら、自分が答えないのはアンフェアなのかもと考えてしまった事もあり、志津子は少しだけ考えてから、正直に慧夢の問いに答え始めてしまう。


「――そうねぇ、あの子の場合……陽志に貰った物は、大抵大事にしていたけど、中でも大事にしていたのは、最近だと指輪かな。去年の誕生日に貰った、三日月の模様が彫ってあるシルバーリング」


(ああ、杉山が言ってた奴か! 素似合が彼氏のと勘違いしてた指輪!)


 素似合の勘違いのせいで、志月が彼氏に貰った物だと思っていたのだが、後に絵里により、去年の誕生日に陽志から貰ったと知らされた指輪を、慧夢は見た事は無いが存在は知っていた。


「あ、陽志というのは、志月のお兄さんね、少し前に亡くなったんだけど」


 陽志の名前を口に出した志津子は、志月の兄の名を慧夢が知らないと思っていた為、そう説明してから話を続ける。


「他には、三日月模様の九谷焼のコンパクトミラーに、ツキノワグマの頭を象ったマグカップ、ロシア土産のツキノワグマのマトリョーシカ……」


「月やツキノワグマに関する物が、多いんですね」


「――志月が好きなのよ、月やツキノワグマが。だから陽志も、月やツキノワグマに関する物を、プレゼントに選ぶ事が多かったの」


(そういう趣味だったんだ、籠宮……)


 ほんの少し前まで、慧夢の中での志月に関する情報は、口うるさく生真面目なクラス委員程度でしかなかった。

 ブラコンである事や医者の一族であるのを知ったのも、つい最近の話だ。


 当然、志月が好きな物など、これまでの慧夢は知りもしなかった。

 自分が志月について、余りにも知らな過ぎる事を、慧夢は自覚していた。


 自覚していたからこそ、志津子から必要な情報を、得ようとしているのだが。


「月やツキノワグマ関係の物ばかりなの?」


「――関係無い物もあるよ。本好きの志月は、陽志から色々と本を貰っていたし、木刀とか何本も貰って……大事にしていたし」


 本好きというのは、教室で読書している姿を何度か見かけた記憶が有るので、慧夢も特に違和感を覚えなかったのだが、木刀の方は違った。


「木刀? 籠宮さん兄妹きょうだい、剣道やってるんですか?」


「いや、そういう訳じゃないんだ。単に陽志は旅行先の土産物屋で、木刀を売ってるの見ると、つい買ってしまうタイプの子だったんで……」


「ああ、いますね……そういう奴。俺の友達にも一人、そういう奴が」


 別に剣道をやってる訳でも無いのに、修学旅行などで訪れた先の土産物屋で、毎回の様に観光地の名前が彫られた木刀を買っていた、素似合の姿を慧夢は思い出す。


「そんな理由で沢山持ってた木刀の内、何本かを志月に押し付けて……じゃなくてプレゼントしてたのよ。護身用に持っておいた方が良いみたいな、理由付けて」


「――籠宮のお兄さん、少し変わった人だったみたいですね」


 木刀のエピソードに関するだけでなく、妹に大量に色々な物を贈る兄というのが、慧夢には少し変わっている様に思えたのだ。

 慧夢の知る男友達の中にも、妹がいる者達がいたが、そんな風に妹を扱う者などいなかったので。


「まぁ、確かに少し変わっているといえば、変わっている子だったけど、基本的には凄く良い子だったよ、陽志は」


「普通の兄って、妹に色々贈ったりしないと思うんですけど」


「ああ、それは兄さん夫婦が、海外でのボランティア活動とかで家を空ける事が多かったせいで、志月が小さな頃から、陽志が良く面倒を見ていたせいじゃないかな」


「親代わりみたいな感じで?」


 慧夢の問いに、志津子は頷く。


「陽志は志月より歳が五歳くらい上で、かなりしっかりした子だったんで、兄さん夫婦も信頼して志月を任せていたから、陽志は志月の保護者感覚だったんじゃないかな」


(――成る程、その辺りが杉山が言うところの、籠宮が「ブラコンこじらせてる」原因だったりするんだろうな)


 絵里から聞いた、志月が残念と言えるレベルの、酷いブラコンであるという話を思い出しながら、慧夢は心の中で呟く。


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