71 普通じゃないのは、どちらかと言えば、深夜に二千キロカロリー超える注文をした、貴女の方だと……
深夜であっても市の中心部は、灯りが点いている店が多い。
深夜営業をしている店が、それなりの数存在するせいだ。
熟したオレンジの様な色合いの看板と、大きな窓から漏れる明りのせいで、その中でも目立つ存在といえるのが、二十四時間営業のファミリーレストラン、ロイヤルホステス川神店。
女性店員が多い事で有名な、チェーン展開しているファミリーレストラン。
窓明りに照らされて、ファミリーレストランの駐車場には不似合い過ぎる無骨さの、迷彩塗装されたハンヴィーの姿が、浮かび上がっている。
対空ミサイルや砲台でも載っていそうな荷台には、ロイヤルホステスに来る前に拾って来た、何の変哲も無い街乗り用の自転車が載せられていた。
窓から見える店内、客の入りは二割程。
水商売風の女性や、大学生らしき青年のグループ、曰く有り気な男女など、様々な客がテーブルについているが、その中には妙に歳の離れた男女もいる……慧夢と志津子だ。
マホガニー風の濃い茶色のテーブルに合わせ、全体的に暖か味のある色合いではあるが、気取りとは無縁の家庭的な雰囲気を醸し出す設えの店内。
道路や駐車場に面している側の窓際の席に、慧夢と志津子はテーブルを挟んで、向かい合わせに座っていた。
白衣は車の中に残して来ているので、志津子は白のブラウスにグレーのパンツという姿。
青いTシャツにジーンズという出で立ちの慧夢と、深夜のファミリーレストランにいるには、少し硬過ぎる風に見える。
注文を取り終えた、スカートの丈が短い制服の女店員が、軽く頭を下げてから踵を返し、慧夢達の席から厨房の方に戻って行く。
「君、小食だね。高校生の男の子と言えば、食べ盛りの筈なのに」
意外そうな口調で、志津子は言葉を続ける。
「遠慮とかしてるなら、無用だよ」
「いや、全然遠慮もしてないし、小食でもない……普通ですけど」
実際、慧夢は遠慮などしていないし、小食でも無い。
メニューのカロリー表記が正しいのなら、合計で八百キロカロリーを超える筈の、和風ハンバーグとライスのセットを注文したのだから、むしろ夜食としては食べ過ぎといえる程。
(普通じゃないのは、どちらかと言えば、深夜に二千キロカロリー超える注文をした、貴女の方だと……)
慧夢は思わず、そう口にしそうになるが、何とか思い止まる。
ちなみに二千キロカロリーの内訳は、千キロカロリーを超える豚かつ御膳というメインの注文と、当たり前の様に志津子が注文に付け加えた。七百キロカロリーを超えるボロネーゼとドリア。
「まぁ、足りない様だったら、後でデザート取る時に、デザート以外にも何か頼めば良いんだし、遠慮はしなくていいからね」
そう言うと、志津子は内装と似合ったデザインのメニューを閉じて、窓際に設置されているホルダーに、メニューを戻す。
(デザートも食うんかい! 成人女性どころか男性の一日の必要カロリーを、夜食だけで超える気かっ!)
慧夢は心の中で、突っ込みを入れる。
無論、そのまま口には出来る訳が無いので、相当に和らげた表現で、志津子の旺盛な食欲に対する感想を口にする。
「夜中なのに、ずいぶんと食欲あるんですね」
「当直の時の癖なのかな? 夜中に起きてると、矢鱈にお腹が空いちゃうのよ」
志津子は苦笑しながら、言い訳染みた言葉を口にする。
「夜中に働いていると、病院が用意してくれる分の食事じゃ足りなくてね、休憩時間使って、良くこの店に食べに来るんだ」
「――それだけ食べても太らないんですから、医者の仕事って相当ハードなんですね」
皮肉の類では無く、慧夢の本音である。
夜間救急を担当する当直医の仕事のハードさは、今夜目にしたばかりだし、それに加えて夢の中でとはいえ、業務外の時間の自室で、志月の治療法を調べ、苦悩する志津子の姿も、慧夢は目にしていた。
志津子の仕事が、夜間に大食いしても太らない程度にハードであろう事は、今の慧夢には容易に察せられた。
少しやつれた様に見えるのは、志月の永眠病への対処に、苦しんでいるせいなのだろう事も。
「ハードといえばハードだよね、夜勤は多くて勤務時間も不規則だし、体力無いとやってられない仕事だから」
腕組みをして少しだけ考えてから、志津子は言葉を続ける。
「でも……本当に大変なのは働く時間や体力とかじゃなくて、人の命がかかってる仕事だっていう、プレッシャーの方なんだろうけど」
人の命がかかってる……と言った志津子と、それを聞いた慧夢の頭に、同じ人間の顔が浮かぶ。
言うまでもなく、それは志月の顔。