69 え? これって……ゲームとかに良く出て来る、あの車だよな?
「えーっと、でも俺自転車で来てるんで、何か食べた後に自転車乗ると、横っ腹が痛くなるかもしれないし……」
一応、思い付いた食事を断る理由を、慧夢は口にしてみる。
「それなら、とりあず事故現場に行って、自転車を車に積み込んでから、食事に行けば良いんじゃない? 食事した後、ちゃんと家まで送ってあげるし」
「車に積み込む?」
「私の車、荷台大きいから、自転車くらい余裕で運べるんだ」
「荷台っていうと、トラック?」
仕事上、トラックに乗る女性はいるだろう。
だが、仕事上の必要性からトラックに乗りはしないだろう、医師の志津子が荷台のある車……トラックに乗っている事に、慧夢は驚く。
「トラックといっても業務用の奴じゃなくて、いわゆるピックアップトラックなんだけどね、中古のアメリカ製」
志津子の言葉を聞いて、慧夢は納得する。
ピックアップトラックは日本ではなく、アメリカにおける自動車のカテゴリー。
正確に言えば、大型ではないトラックは大抵ピックアップトラックになるのだが、業務用というよりはファミリー向けでレジャー用の、開放型の荷台とボンネットを持つトラックというのが、一般的なピックアップトラックのイメージだ。
アメリカ的な意味でのピックアップトラックは、日本では余りメジャーでは無い。
「珍しいですね、日本でピックアップトラックって」
「みんなそう言うよ」
出入口の前まで、二人は辿り着く。
中央にある大きな自動ドアの電源は落ちているので、その脇にある手動の小さなドアを開けて、志津子と慧夢は外に出る。
(来た時より寒いな……)
夜の外気に肌寒さを感じるのは、実際に気温が下がったせいなのか、病院を訪れた時は、自転車で全力疾走した後で、身体が温まっていたせいなのかは、慧夢には分からない。
「ここで待ってて、車取ってくるから」
そう言い残すと、右側にある駐車場の方に、千鶴子は歩いて行く。
駐車場の方は照明の数が少ないせいか真っ暗であり、志津子の姿は闇に溶けて見えなくなる。
結局、横っ腹が痛くなるかもという、咄嗟に思い付いた食事を断る理由は、志津子には通用せずに終ったらしいのを、慧夢は悟る。
(何か流されてしまってる気がするが、籠宮について探りを入れるチャンスかもしれないし、これはこれで……いいか)
妙な流れで、深夜に志津子と食事に向う羽目になった事を、慧夢は心の中で正当化する。
腹が鳴る程に空腹を覚えていたのも事実で、既に目は冴えきってしまっている為、睡眠欲より食欲が勝る状態でもある。
(ま、腹も減ってるし……)
程無く、駐車場の方で目玉の様にヘッドライトが光り、唸る様なエンジン音が響き始める。
志津子が車のエンジンをかけたのだ。
(うるさい車だな、住宅地でエンジンかけたら、近所迷惑だと怒鳴られそうなレベルだ。アメリカ製のピックアップトラックが、日本で売れないの当たり前だよ)
慧夢が心の中で呟いている内に、志津子の車はけたたましいエンジン音を響かせながら、ゆっくりと迫って来る。
暗い駐車場よりは明るい、病院の正面玄関前に近付いて来た為、はっきりと姿が分かる様になった志津子の車を見た慧夢は、目を丸くして驚きの声を上げる。
「え? これって……ゲームとかに良く出て来る、あの車だよな?」
グリーンや茶色などで複雑に塗り分けられた……いわゆる迷彩塗装の、街の中を走り回るには無意味としか思えない、角ばって頑丈な外装。
平たい車体は並の車より二周りは大きく、広々とし過ぎたキャビンの後ろは、キャビンに比べると狭い荷台となっている。
目の前で一時停止した志津子の車は、慧夢が好きなFPSやTPSなどのゲームに、良く登場する車だったのだ。
ゲームに登場するアメリカ軍などが使用している、ハンヴィーという高機動多用途装輪車両に(ハンヴィーにはバリエーションがあり、志津子のはピックアップトラック風)。
左ハンドルの運転席側の窓が開き、顔を出した志津子が慧夢に声をかける。
「お待たせ! 助手席にどうぞ」
慧夢は助手席に回り込むと、お洒落感とは無縁の無骨なドアを開けて、ハンヴィーの助手席に乗り込む。
広いキャビンの中は外見同様、洒落っ気が無い実用的な設え。
「――ハンヴィーですか、凄い車乗ってますね」
シートベルトを締めながら、慧夢は志津子に話しかける。
女性が街中で乗り回す車としては、アメリカ軍の軍用車両であるハンヴィーというのは、慧夢の言う通り、「凄い車」に分類されるだろう。
女性どころか男性でも、普通は乗り回さない、ゴツ過ぎるマニアックな車だ。