67 ――ひょっとしたら……君と私、何処かで会ってたりする? 初めて会った気がしないんだけど
「陽志君や志月ちゃんの事で、ここの所……大変でしたからね、大志先生」
若い男性医師が、陽志と志月について触れる。
志月の家族に色々と不幸が続いているのを、籠宮総合病院の者は大抵知っているのだ。
「無理し過ぎなのよ、兄さんは」
本人も無理し過ぎな状態に見える志津子は、本来の目的を思い出したのか、担当の若い男性医師から慧夢の方に向きを変えると、笑顔を浮かべて問いかける。
「君が道で倒れてた患者を見付けて、救急車呼んでくれた子ね?」
志津子の問いに、慧夢は頷く。
「有り難う、兄さんを助けてくれて」
立ったまま深々と一礼してから、志津子は言葉を続ける。
「私は……この病院に務めてる医師なんだけど、君が見付けてくれた患者の妹でもあるんだ」
「そうなんですか、お兄さんが無事で何よりです」
大志が志津子の兄だという事を、慧夢は知っていたのだが、惚けて話を合わせる。
ちなみに大志という名前は、知ったばかりだ。
「脳震盪とはいえ、夜に路上に長時間放置されたら、大事になっていた可能性もあるんで、見付けて通報してくれて良かった。今度改めて、お礼をさせて貰うよ」
「いや、いいですよお礼なんて」
慧夢の遠慮の言葉を聞いていた志津子が、ふと……何かに気付いたかの様な表情を浮かべる。
そして、まじまじと慧夢の顔を確認し、不思議そうな顔で問いかける。
「――ひょっとしたら……君と私、何処かで会ってたりする? 初めて会った気がしないんだけど」
夢から覚めた直後ならともかく、二日も前に見た夢の内容など、普通の人間は覚えてなどいない。
慧夢の様に夢の中でも、通常通りの意識を保ち、経験した事を記憶している人間の方が、例外中の例外なのだから。
教室での居眠りの際など、慧夢を見知っている者が、夢の中で出会う場合などは、目覚めた直後であれば、慧夢が出て来た夢を覚えている場合が多い(その後、慧夢が夢に出て来た事は覚え続けたとしても、夢の内容自体は大抵忘れてしまうのだが)。
だが、慧夢の存在を知らない人間が、夢の中で慧夢と出会った場合、一日どころか数時間も過ぎれば忘れてしまうのが普通。
志津子が二日前に見た夢の記憶も、記憶の奥底に沈み込んでいるので、志津子は慧夢の顔を見ても、夢そのものの記憶を思い出せはしない。
だが、夢の中とはいえ「出会った」印象は強く記憶に残っていたらしく、志津子は慧夢が初対面の相手だとは、思えなかったのである。
「初対面だと思いますけど」
慧夢は志津子の問いへの答に、心の中で付け加える。
(――現実の世界では)
夢の世界では既に会っているのだが、それを志津子に打ち明ける訳は無い。
「そうかなぁ、何処かで会った気がするんだけど……」
志津子は納得が行かないとばかりに、首を傾げて考え込む。
(思い出せないとは思うが、何かの間違いで思い出されても困るな)
故意ではなかったとはいえ、豊かな胸に顔を埋める形で、押し倒してしまった夢を思い出されるのは、慧夢としては気まずい。
話題を変える為、慧夢は口を開く。
「あの……時間も遅いし、話が終ったのなら、そろそろ家に帰りたいんですけど」
慧夢の言葉を聞いた志津子は、慧夢についての記憶を思い出そうとするのを止め、若い男性の医師に確認を取る。
「話は終ってるのよね?」
「はい」
志津子は若い男性医師から、慧夢に目線を移す。
「――遅くまで色々と付き合せて、悪かったね。車出すから……家まで送るよ」
「え、いや……いいですよ。事故現場に自転車置いて来てるから、取りに行かなきゃならないし」
「事故現場に自転車? でも……その自転車止めてある所まででも。歩いたら結構かかる筈だよ。自転車の所まででも、送ろうか?」
(確かに、疲れたし……腹も減って来たし、あの距離を歩くのは辛いか)
本来なら眠って身体を休めている筈の時間帯、しかも自転車で相当な距離を全力疾走と、かなりの体力を消耗した後。
身体は疲れているし、家に帰ったら何か食べようと思う程度に、慧夢は空腹を覚え始めていた。
そんな訳で、慧夢は志津子の提案を受け入れる事にする。
「じゃあ、自転車がある所まで、お願いします」
「――という訳で、この子を送って来るから」
志津子は若い男性の医師に向けて、言葉を続ける。
「もう大丈夫だとは思うけど、兄さんの様子……診ておいてね」
「分かりました」
若い男性医師の返答を聞いてから、志津子は慧夢を言葉で誘う。
「じゃ、行きましょうか」
若い男性医師に軽く頭を下げてから、慧夢は立ち上がると、志津子の後を追ってドアに向かう。
そして、志津子がドアを開けた出入口を通り、診察室を後にした。
× × ×