66 勘弁してくれ……深夜だってのに、眠れないわ……後で警察から連絡来るわ
「――ですので、今後警察などから連絡があり、同じ様な話を訊かれる可能性がある事は、一応……心に留めておいて下さい」
白衣姿の若い男性の医師は、申し訳無さそうに慧夢に説明をする。
場所は深夜なのに賑やかな、籠宮総合病院の診察室。
病院らしく白い清潔な設えの診察室で、通常なら患者が座るシンプルな丸椅子に腰掛けながら、慧夢は当直の医師に、色々と話を訊かれている最中。
「警察ですか……」
げんなりとした口調で、慧夢は言葉を吐く。
事故を目撃した時の話を、志月の父親を担当した当直の医師に、色々と訊かれた後の事である。
志月の父親を事故現場から病院に運ぶ際、事故発見時の状況を詳しく知りたがるだろう医師の為、慧夢は救急隊員に同行を求めれた。
慧夢は事故現場に自転車を放置して救急車に乗り込み、救急病院でもある深夜の籠宮総合病院に辿り着いた。
そして、医師に大雑把な話を僅かな間に訊かれた後、待合室で二十分程待たされてから、再び現れた同じ医師に、もう一度確認の為に話を訊かれたのである。
慧夢が待たされている間に、志月の父親を診察し、処置をしていたのだと、話の途中……慧夢は医師に状況を説明された。
志月の父親の症状は、転倒で頭を打ったのが原因と思われる、脳震盪による一時的な意識消失。
既に必要な処置を担当医は終えていて、様子を見る段階に入っている為、担当医は志月の父親がいる病室から診察室に移動し、慧夢と話しているのである。
医師が語った、志月の父親の事故原因は、寝不足と過労による運転ミス。
志月の父親がここ数日、病んだ娘の看病に付きっ切りで寝不足であり、疲れを溜めていた事などの事情までも、医師は慧夢に簡単にではあるが説明した。
そして、話の締めとして医師は慧夢に、事件性などは無いとは思うが、警察が事件の可能性を疑った場合、慧夢に話を訊く為に連絡を入れる可能性を伝えたのだ。
(勘弁してくれ……深夜だってのに、眠れないわ……後で警察から連絡来るわ)
一応は善行をした筈なのに、結構面倒な目に遭ってしまっている現状を、慧夢は心の中で愚痴る。
「失礼するよ!」
張りのある声を響かせながら、ドアを開けて白衣姿の女性が診察室に入って来る。
(――あれ? この声って……)
聞き覚えのある声だったので、慧夢は近寄って来た女性の方に振り向いて、顔を確認する。
その顔は、慧夢の予想通りの顔だった。
整っていはいるが、堅く生真面目そうな印象を与える、三十路過ぎと思われるショートヘアの女性。
背が高く胸が豊かで、ショートヘアーがマニッシュな印象を与える、何処と無く志月に似た顔立ちの女性の顔を、慧夢は見上げて確認する。
(やっぱり、籠宮の叔母さんだ)
現れた女性は、志津子だった。
志月の父親の担当でも当直でも無いのだが、兄が救急車で担ぎこまれたと知った志津子は、住処同然となっている、病院の最上階にある自室のベッドから飛び起きると、処置室に寝かされていた志月の父親に、付きっ切りになっていたのである。
「志津子先生、大志先生についてなくても宜しいんですか?」
若い男性の医師は、志津子に問いかける。
ちなみに苗字ではなく名前で呼んだのは、この病院には籠宮姓の医師が何人もいる為。
志月の父親も、籠宮総合病院の医師なのだ。
「兄さん、意識清明期に入ったんで、もう大丈夫」
意識清明期というのは、脳震盪の意識消失状態から回復し、意識が清明になった……はっきりした状態を言う。
要するに、志月の父親にして志津子の兄、籠宮大志の意識は、戻ったのだ。
「――だから、兄さん見つけて通報してくれたって子に、お礼言おうと思って来たのよ。此処にいるって聞いたから」
「そうですか。丁度今……警察からの連絡が入る可能性について、説明していた所なんですが」
「警察? その可能性なら無いんじゃないかな。兄さん、自分で転んだって言ってたんで、事件性も無ければ事故という意味でも、兄さんの完全な自己責任だったみたいだし」
意識が回復した大志から、志津子は大雑把な状況を訊いていたのだ。
「色々と心労が溜まっていた上に寝不足だったのが祟って、自転車の運転ミスしたんだって」
そう言っている志津子自身も、慧夢には相当に心労が溜まっている様に思えた。
数日前に幽体で目にした志津子よりも、少しやつれた感じに慧夢には見えたので。