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65 救急車、近付いて来てる様に聞こえるし……救急車出してくれたのかな?

 川神街道を過ぎてしまえば、殆どの通りは人気ひとけも車通りも無い。

 全身から汗を噴出し、呼吸を荒げながら、慧夢は夜道を自転車で駆け抜ける。


 志月の父親が倒れている道の近くにあるかもしれない、三店舗のファミリーストアのある場所は、スマートフォンで地図を見た時に記憶済み。

 目指しているのは、慧夢の家から一番近い、三店舗の中では東端にあるファミリーストア。


 そのファミリーストアの通りが違うなら、次に中央……最後に西端という順番で、慧夢は巡るつもりなのだ。

 そして、とうとう慧夢は川神市の北側郊外に入り、目指すファミリーストアがある通りに辿り着く。


(えーっと、ファミストは……あそこか!)


 真夜中に看板を光らせている店は、限られている。

 進行方向で青く光っているマッチ箱程の大きさの看板は、否が応にも慧夢の視界に入るのだ。


 そして、目に入るのは看板の光だけでは無い。

 通りの向こうで夜空を背景にそびえ立つ、籠宮総合病院の建物に重なって見える、まだ灯りが点いている幾つかの窓の強い光や、それとは違う仄かな光も見える。


 仄かな光とは、起きている時でも見える様になってしまった、夢世界が放つ光。

 籠宮総合病院の入院患者などが、眠りながら見ている夢の世界の光が、今の慧夢には見えてしまうのだ。


 だが、慧夢の視界に映る夢世界の光は、籠宮総合病院のだけでは無い。

 ペダルを漕ぎ続け、ファミリーストアの前を通り過ぎた慧夢の視界に、進行方向の路上で光る、灰色の夢世界の光が映ったのである。


 幽体離脱中に目にした時より仄かで、掠れ気味に見えるが、同じ灰色の夢世界の光を視認して、慧夢は心の中で喝采し……安堵する。


(ここだ! この通りで正解だったんだ! それに、夢世界の光が見えるって事は、まだ無事って証拠じゃないか!)


 さらに、慧夢にとって嬉しい事が続く。救急車のサイレンの音が、遠くからではあるが聞こえて来たのだ。


(救急車、近付いて来てる様に聞こえるし……救急車出してくれたのかな?)


 心の中で自問している内に、慧夢は見覚えのある景色の中に辿り着く。

 小さな家程の大きさに見える、通りの先にある籠宮総合病院や、貼紙や看板などに覆われている電柱、路上に散らばる飲み物や食べ物が入っていただろう、ファミリーストアの袋に、倒れたままになっている自転車という光景。


 無論、その光景の中には、仰向けに倒れたままの、志月の父親がいた。

 頭から出血もしていて、その周囲には慧夢にだけ見える、幽体の時に見た時よりは薄く見えるが、灰色の夢世界の光が渦巻いていた。


 志月の父親から少しはなれた路肩に自転車を停めると、慧夢は志月の父親に駆け寄り、様子を確認する。

 夢世界の光が確認出来るので、生きていて意識が無いのは確実だが、念の為に呼吸しているのを確認した慧夢は、ほっと胸を撫で下ろす。


 そんな慧夢を更に安堵させるかの様に、救急車のサイレンの音は次第に大きくなっていく。

 スマートフォンで再び119に連絡しようとしていた慧夢は、明滅する赤いランプと、ヘッドライトを夜の猫の目玉みたいに光らせた救急車の姿を、視界に捉える。


 通報を受けた救急車は、とうとう志月の父親を助ける為に、慧夢が大雑把に指定した場所に現れたのだ。


「ここです! ここ!」


 救急車が来た事が、慧夢は素直に嬉しかった。

 嬉しさのせいで張りのある大声を上げながら、慧夢は路上に飛び出すと、遠くから近付いて来る救急車に向かって手を振ったり、志月の父親を指差して、存在を伝えたりする。


 車の中にいる人間に、声が届く訳は無いのだが、ジェスチャーの方は伝わったのだろう。

 救急車は次第に減速し、慧夢の近くで停車すると、サイレンを止める。


 救急車の運転席や助手席、後部のドアなどが開いて、制服姿の救急隊員達が姿を現すのを見て、慧夢は安堵する。

 これで志月の父親は、大丈夫だろうと思って。


 安心して肩の荷が下りたせいだろう。

 張り詰めていた心と身体が緩み、猛スピードで自転車を走らせ続けた事による疲労感が、一気に慧夢に押し寄せて来る。


「通報をくれた方ですね?」


「あ、はい! そうです」


 慧夢は疲労感を堪えながら、声をかけてきた救急隊員達に対する、応答を始めた……。


    ×    ×    ×





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