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64 消防署ですが、火事ですか? 救急ですか?

 夜の空気が幽体の時より暖かい気がするのは、身体を使って必死で自転車を漕いでいるせいだろうか。

 自転車を漕ぎ始めてからすぐに、慧夢の肌には汗が滲み始める。


 殆ど人気ひとけも無いし車通りも無いので、自転車のスピードは出し放題と言える状況。

 慧夢は夜の空気を切り裂くかの様なスピードで、川神市北側郊外を目指しながら、夜道を自転車で疾走する。


 多くの信号は、赤や黄色の光を明滅させている、夜間明滅式。

 信号に止められる事も殆ど無い。

 正確な場所が分からぬまま、救急車を呼んで良いものかどうか、慧夢は悩みながら、ペダルを漕ぎ続けた。


 かなり無謀な運転を続けたせいもあり、あっという間に慧夢の自転車は、川神市の中央辺りを過ぎてしまう。

 そして、川神街道という幹線道路に、慧夢は辿り着いて自転車を停めた。


 日中は渋滞も珍しくない主要幹線道路なので、真夜中でも車通りは多く、信号も夜間明滅方式では無い。

 しかも信号は赤だったので、流石に信号無視して突っ切る訳にもいかず、慧夢は自転車を停めたのだ。


 焦っている今の慧夢は、何もせずに信号待ちを続ける事など出来ない。

 結果として、その何かをしなければならないという気持ちのせいで、「正確な場所が分からない段階で、救急車を呼ぶべきかどうか?」という悩みの答が出てしまう。


(呼ぶしかないな、こりゃ)


 慧夢は即座にポケットからスマートフォンを取り出すと、深く深呼吸して……焦る心を一度落ち着かせてから、スマートフォンに119と打ち込んで電話をかける。


 耳元に運んだスマートフォンは、ほんの僅かな時間だけ呼び出し音を鳴らすと、すぐに相手である消防署の救急センターに繋がり、落ち着いた感じの女性の声が、スピーカーから聞こえて来る。


「消防署ですが、火事ですか? 救急ですか?」


「――救急です」


「場所はどこですか? 具体的な番地名などが分からなければ、目標物になる物などを教えて下さい」


「場所は川神市の北側……郊外の辺りです。籠宮総合病院とファミスト……ファミリーストアの間辺りの道路で、男の人が倒れて……出血しています」


「――川神市北側ですと……ファミリーストアは三店舗有りますが、どの店舗がある道なのか分かりますか?」


「分かりません」


 そう答えた段階で、信号が赤から青に変わったので、慧夢はスマートフォンでの通話を続けながら、自転車を再び漕ぎ出す。


「――えーっと、実は好きな菓子パンが、いつも買いに行くコンビニで売り切れだったんで、あちこち走り回って別のコンビニ探してたんです」


 志月の父親が倒れている正確な場所や、近くにあるコンビニの場所などを知らずに、救急車を呼ぼうとするのは、不自然だという自覚が慧夢にはある。

 故に、その不自然さを打ち消す為、慧夢は嘘話をでっち上げているのだ。


「それで、いつもは行かない市の北側まで出向いてファミストを見つけて、そこで菓子パン買ってから家に帰る途中、道に倒れてる人を見付けたんです。だから、そのコンビニが三店舗のどれだか、分からないんです……すいません」


「――そうですか。それで、今……籠宮総合病院とファミリーストア以外に、何か目標物となる物は見えますか?」


「実は今……男の人が倒れていた場所にはいないので、他に目標物になる物は……分からないんです。すぐに救急車呼びたかったんですけど、スマホ持っていなかったから、家に取りに戻ったもので……」


「成る程……電話は今、家からですか?」


「いや、今は……男の人が倒れていた所に、自転車で向っている途中です」


「――自転車で走りながらの通話は、危険ですので止めて下さい」


「あ、はい! 分かりました! とにかく、籠宮総合病院とファミリーストアの間の道のどれかに、男の人が血を流して倒れてますから、救急車お願いします!」


 そう言い放つと、慧夢はスマートフォンを操作して、通話を切る。


「あ! お名前と……」


 切れる前に、おそらく名前などの慧夢の個人情報を問い質そうとしたらしい、相手の声が聞こえるが、既に慧夢は通話を切ってしまっていたので、その先は聞こえない。


「ま、用事があるなら……向こうからかけて来るだろ。警察とか救急の電話は、こっちの番号とか丸分かりの筈だから」


 そう呟きつつ、スマートフォンをポケットにしまうと、慧夢はペダルを勢い良く漕ぎ始め、自転車のスピードを上げる。

 電話している間は安全の為、自転車の速度を上げていなかったのだ。

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