61 酔っ払いか何かだろうが、マジで路上で寝てるんだとしたら危ないな。車通りが少ないとはいえ、車に轢かれる可能性はあるだろうし
曇り空の下に広がる夜の街並、煌く街明かりは、既に疎らとなっている。
午前一時半という現在時刻を考えれば、街明かりの殆どが消えているのは、当たり前の話ではあるのだが。
だが、夢世界の光が見える慧夢には、街明かりではない光が、あちらこちらに見えるので、満天の星空とまでは行かないが、夜中の街並も寂しい光景では無い。
(そろそろ梅雨入りするって、ニュースの天気予報で言ってたな)
幽体となり夜空を飛ぶ慧夢は、目線を街並から地平線辺りに移した後、心の中で呟く。
雨雲らしき重たい雲が、地平線辺りの空を埋め尽くしている光景を、目にした上での独白。
何処に向かって飛ぶか明確に決めてから、夜空に舞った訳では無いのだが、自然と川神市の北側に向かって、慧夢は飛び始めていた。
籠宮総合病院がある方向だ。
今現在の悩みの原因となっている、志月の様子が気になってしまっているせいで、籠宮総合病院に向っているのは、慧夢も自覚していた。
籠宮総合病院に飛んだ所で、自分の悩みが解決する訳では無いだろうとも、思ってはいるのだけれど。
慧夢は目線を再び、下に向ける。
夢世界の光の密度が、次第に下がって行く……住宅地の少ない、北側の郊外に近付いているのだ。
(――何だあれ?)
光の密度が下がり、夢世界の光の一つ一つが目立つ存在となり始めたせいか、慧夢は眼下の景色の違和感に気付く。
夢世界の光が、普通なら存在しない場所で光を放っているのに、慧夢が気付いたせいである。
その普通なら存在しない場所とは、道路の上。
たまに道の脇に車を停めて、眠っているタクシーやトラックの運転手などはいるのだが、慧夢が目にした夢世界の光の辺りには、それらしき車の存在は見当たらない。
「路上で寝てる? そんな馬鹿な?」
見間違いかと思った慧夢は、思わず声を上げながら、路上に輝く……濃い灰色の、間違っても入りたくは無い色合いの夢世界の光を、検めて見直す。
すると、やはり自動車らしき存在は、その辺りには見当たらない。
夢世界の光に隠され、人の姿もはっきりとは確認し辛い。
だが、道路の太さとの比較から、路上の夢世界の光に、車を隠せる程の大きさは無いのは確実。
故に、そこに車は無いと、慧夢は判断出来るのだ。
「酔っ払いか何かだろうが、マジで路上で寝てるんだとしたら危ないな。車通りが少ないとはいえ、車に轢かれる可能性はあるだろうし」
慧夢は空中で停止し、考え込む。
「霊力結構使うだろうけど、起こしてやるか」
霊力を激しく消耗するのだが、慧夢は幽体の状態でも物に触って干渉出来る。
つまり、眠っている人間を叩き起こそうと思えば、それは可能なのだ。
慧夢は夢世界の光が見える路上に向かい、急降下して行く。
路上にいる夢世界の主を、外的刺激を与える事により、夢世界の中から引き戻す為に。
だが路上に降下した慧夢は、その夢世界の主が……ただ眠っている訳で無い事に気付く。
仰向けに倒れている夢世界の主は、頭部から出血していて、近くには倒れた自転車とコンビニエンスストア……ファミリーストアの袋、袋に入っていたらしい食べ物や飲み物などが、散らばっていたのだ。
目に入った状況は、その場で何が起こったかのを、慧夢に正確に理解させた。
「ただ眠ってるんじゃない! この人……事故って意識失ってるんだ!」
慧夢も過去に三度しか目にした経験が無いのだが、事故などのショックにより意識を失っている人間も、夢を見て夢世界を作り出す場合がある。
どうやら路上で仰向けに倒れている中年男は、事故を起こして意識を失いながら、夢を見ているらしいのだ。
夢世界の主が、事故を起こして意識を失っている人間である事は、慧夢を驚かせた。
だが、その夢世界の主である中年男の顔を確認して、慧夢は更に驚く羽目になった。
その顔に、慧夢は見覚えがあったのである。何処と無く志月に似た、その顔に。
「――この人、籠宮の親父さんじゃないか!」
慧夢は倒れている男の顔を見下ろしながら、驚きの声を上げる。
倒れていたのは、籠宮総合病院の志月の病室や、志津子の夢の中で目にした、志月の父親だったのだ。