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58 前から訊いてみようと思って、訊きそびれていたんだけど、あの時……慧夢は何で、態度を変えなかったんだい?

「前から訊いてみようと思って、訊きそびれていたんだけど、あの時……慧夢は何で、態度を変えなかったんだい?」


 突如、思ってもいなかった問いを、素似合に投げかけられ、慧夢は戸惑う。

 慧夢が態度を変えなかったのは、夢芝居という能力を持っていたが故なのだが、それは素似合には話せない。


 自分の夢の中を覗かれて、喜ぶ人間はこの世に殆どいない。

 様々な秘密を隠している心の中を、覗かれるのに等しいのだから。


 初代である幻夢斎自身も、夢占いの体裁で商売をしていたのは、夢芝居の能力自体は人に知られたら、恐れられ嫌われ……避けられる能力であるのを、知っていたからだ。

 ごく一部の人間にのみ、その本当の能力を知られてはいたらしいが、基本的には夢占家の者にしか、夢芝居という能力の存在は知らされていない。


 ただ、それでも夢占の夢占い師が、他人の夢に入れるという噂は、流れた経緯は不明なのだが、過去に何度も流れてしまった。

 その度に夢占家の者達は、好奇の目に晒されたり、恐れられたり嫌われたり、トラブルに見舞われたりしたのである。


 故に、夢芝居の能力は口外厳禁、決して一族以外の者に知られてはならないというのが、何時しか夢占家の家訓となった。


 そんな家訓が仮に無かったとしても、慧夢自身……夢芝居の能力を他人に知られたら、どう思われるかは想像がつくので、話したりはしなかっただろうが。


(本当の事を答える訳にもいかないし、どう誤魔化したもんかな?)


 口から出任せは、慧夢としては得意とする所。

 ほんの数秒の間に、慧夢は過去の素似合との関わりに関する記憶を引っ張り出し、それらしい理由をあっという間にでっち上げてしまう。


「『ファイヤーチーム・ブレイブ』ってゲーム、覚えてるか?」


 慧夢が口にしたファイヤーチーム・ブレイブというのは、ゲーム・プレイヤー・ポータブルという携帯ゲーム機のゲームだ。

 日本では殆ど売れなかった、マニアックなミリタリー系の海外製TPSである。


「覚えてるよ、良く遊んだからね。あれがどうかしたのか?」


「あのソフト……マニアックだったから、俺以外に買ったの、素似合だけだったんだよな」


「そうだっけ?」


 素似合の問いに、慧夢は頷く。


「素似合と友達止めると、せっかくお年玉で買ったゲームなのに、対戦したり協力プレイして、遊ぶ相手がいなくなっちゃうじゃん。だから、俺は態度変えなかったんだ、確か……」


「――ゲームで遊ぶ相手がいなくなるとか、そんな下らない理由だったの?」


 呆れ顔の素似合に、慧夢は大きく頷いてみせる。


「そんな下らない理由だよ。だから、別に感謝なんかしなくていいって」


「あ、いや……下らない理由だっていいんだ」


 素似合は呆れ顔をするのを止め、真面目な表情に戻し、言葉を続ける。


「下らない理由でした事であっても、それで僕が救われたのは事実。君への感謝の気持ちは、変わりはしないんだから」


「――感謝とか、大げさな」


 気恥ずかしさを誤魔化す様に、慧夢は頭を右手で掻く。


「俺だって中等部で孤立しそうになった時は、お前に同じ事して貰って、救われた訳だし……お互い様って奴だろ」


 慧夢の言う孤立しそうになった時というのは、悪癖である口の悪さが暴走し、口論の相手の女子生徒を、泣かしてしまった時の事だ。


「お互い様ではあっても、先に助けたのは君の方で、僕は助けられた恩を返した側。受けた恩を返した者より、困っている人を先に助けた者の方が、尊いものさ」


「そんなもんかねぇ?」


「そんなもんだよ」


 二人が歩く通りを、突如風が吹き抜ける。

 肌を撫でるかの様な心地良い風が、収まるのを待ってから、素似合は会話を再開する。


「まぁ、そんな訳だから、死を望む者と関わったのなら、それが例え籠宮であっても、慧夢は助けると思うよ」


 自信を持った口調で、素似合は言い切る。


「君は目付きと口は悪いけど、人間性は悪く無いからね」


 素似合の言葉には、「悪く無い」という言葉以上の評価が、込められていた。


「――過大評価だよ」


 言葉以上の評価を、何となく察してしまった慧夢は、謙遜では無く心からそう思っていた。


「己も所詮は、愚か者の一人であると知れ」


 慧夢の自己評価は、夢占秘伝に記されていた、この一文と良く似ている。

 だが、別に自分を卑下して生きている訳では無い。


「人の世は、信じるに値せぬ、愚か者ばかり」


 同じく夢占秘伝にある、この一文の様に、人の世は愚か者ばかりというのが、慧夢の認識。

 つまり、人の世に生きる皆も自分も、同様に愚か者だと考えているだけの話だ。


 故に、過去の経緯があるからと言って、素似合に人間性を褒められても、慧夢には過大評価だとしか思えないのである。

 むしろ嬉しさよりも、気恥ずかしさが勝ってしまう。


(助けると思うとか……そんな期待、されても困る)


 心の中で愚痴りながら、慧夢は夕暮れの街中を、素似合と並んで歩き続ける。

 歩き始めた頃より、影は長さを増している。


 ふと、慧夢は空を見上げる。

 まだ夕陽に染まっている空の方が多いが、進行方向の空の果ては、既に夜の色に染まりつつある。


 夕焼け空と夜空の間、どっちつかずの空……。

 そんな空の様子が、志月の命を救うか救わないか、どっちつかずの状態で迷っている自分の心と、何処と無く似ている様に、慧夢には思えた。


    ×    ×    ×





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