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55 まぁ、とにかく……後悔の多い人生を送りたくないなら、モラルという観点で正しいかどうかじゃなくて、自分がどうしたいかで決めるべきだね

 素似合にはカミングアウトにより、関係を絶つ羽目になった相手や、関係がこじれた相手が、数多くいた。

 だがカミングアウトによって、より親しくなった相手もいれば、新たに親しくなる相手も現れたのだ。


 自分が生きたい様に生きる為、安寧であっても偽物だとしか思えない日々を、素似合は自ら終わらせた。

 暴発的なカミングアウトだったのだから、冗談だと言い逃れて、無かった事にもできただろう。


 だが、カミングアウトした時に、素似合は感じたのだ。

 それが暴発的なものであったとはいえ、誰にも言えずに隠していた本心を、本当の自分を解放する喜びを。


 その喜びを知ってしまった以上、後戻りは出来ないと素似合は思った。

 困難が待ち受けているのは分かっていたが、それでも自分を偽り続け、偽物の人生を送り続けるのは……もう嫌だと、素似合は心の底から思ったのだ。


 故に、素似合は決意した。自分を偽らずに、やりたい様にやってしまおうと。

 他人から見れば、まともではない……笑い者にされたり、嫌われたりしかねない生き方になっても、それでも自分の人生なのだから、自分にだけは嘘を吐かずに生きて行こうと決意し、素似合は決意を実行して生きて来た。


 困難も多く、順風満帆とは程遠い生き方をして来たが、その生き方に素似合は何の後悔もしていない。

 だからこそ先程の様な事を、素似合は慧夢に堂々と言い切れるのだ。


「でも……自分がどうするかを考えるなら、何が正しいかで決めるんじゃない、自分がどうしたいかで決めるんだ。そうしないと、後悔だらけの偽物の人生を送る事になるからね」


 素似合が相応の苦難を乗り越えて、そんな生き方をしているのを、慧夢も知っているので、素似合の発言には説得力を感じた。

 素似合の性的趣向や少女相手の恋愛関連のトラブルに、時々呆れ果てる事は有っても、それでも堂々と自分に正直に生き続けている素似合に対しては、ある種の敬意と羨ましさを感じていたりもするので。


 無論、羨ましさの理由は、他人の夢の中に入れる事を、隠して生きている所為せいだ。


「――あの時、自分に正直に……やりたい様に生きる方を選ばなければ、僕は今でも偽物の人生を生きて、後悔ばかりの毎日を過ごしていたに決まってる。そうならなくて良かったと、心の底から思うよ」


 カミングアウトした時の事を思い出しながら、素似合は懐かしげに語り続ける。


「まぁ、とにかく……後悔の多い人生を送りたくないなら、モラルという観点で正しいかどうかじゃなくて、自分がどうしたいかで決めるべきだね」


「そうは言っても、そんなにやりたい様になんて、出来る訳ないじゃん。現実問題として……そんな生き方、大変過ぎるだろ」


「そりゃそうだ、全ての事について、やりたい様になんてできっこない。それを許す程に、世の中は優しくも甘くもないし、そこまでのエネルギーは人間には無いんだし」


 当たり前だと言わんばかりの口調で、素似合は言葉を続ける。


「だから、全てじゃなくて……選ぶんだ。やりたい様にやらなければならない事を、自分にとって大切な……重大な事をね」


「――大切な……重大な事を」


 慧夢の言葉に、素似合は頷く。


「自分の人生にとって大きな事にこそ、人間はエネルギーを集中して、やりたい様にやらなきゃ駄目なのさ」


(成る程、いわゆる選択と集中って奴か……)


 経済系のニュース番組か何かで、経営コンサルタントらしき人が語っていた言葉が、ふと慧夢の頭に甦る。

 何でも元を辿れば孔子に行き着く、戦争で勝つ為の戦略の基本を、現代の経営戦略に応用した概念だと、ニュース番組では解説されていた。


「――小さな事なんか、どうでもいい。例えば、誰かに少し腹を立てて、やり込めてやりたいとか思うのは、小さな事だ」


 素似合の言う「小さな事」への心当たりが、数多く存在した慧夢は、気まずさを覚える。

 少し前の志月相手のもだが、慧夢は素似合が言う「小さな事」による後悔を、数多くしていたのだ。


 大抵は口の悪さが、原因となったものだが。


「そんな小さな事でやりたいようにやるのは、貴重なエネルギーの無駄遣いでしかない。大切で重要な……大きな事を選び、そのエネルギーは集中して注ぐべきなんだ。重要な事こそ、やりたい様にやらなくちゃ駄目なんだよ」


 らしくない真面目な口調で、素似合は言葉を続ける。


「そして人の生き死にの問題は、それが他人であっても、大抵の場合は重要な問題の筈。だから慧夢……『自ら死を選んだ他人を、死から救うべきなのか?』という選択肢を、人生で本当に突きつけられた場合、君がどうするべきかは決まっている」


「――やりたい様にやればいいと?」


 慧夢の問いに、素似合は大きく頷く。

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