51 まぁ、でも……お互い一人というのは、都合が良いといえば都合がいいか
熟した柿の様な夕陽により、朱色に染め上げられた街を歩く慧夢の、道に投げかけられた影は、普段より長い。
部活動を終えた夕方、慧夢は一人で家路についているのだ。
途中までは小規模部活棟で活動する、別の部に所属する男子生徒の友人二人と一緒だったのだが、家の方向が違うので、一つ前の交差点で別れたばかり。
車通りは多くない交差点、赤信号なので立ち止まった慧夢は、横断歩道の上に伸びている長い自分の影を見下ろす。
すると、慧夢の影の左隣に、別の影が現れる。
慧夢の影より長い影の主は、何時の間にか左隣に姿を現し、立ち止まっていた素似合だった。
バスケットボールの練習が終わった帰りなのだろう、微妙に汗臭い素似合は、青いジャージ姿のままだ。
「――珍しいな、一人ってのは」
同じ部活の仲間など……女友達が多い素似合が、一人で帰宅中なのを見て、慧夢は意外そうな顔で問いかける。
「途中までは部の連中と一緒だったんだけどね」
「妹連中は?」
慧夢が言う妹というのは、無論本物の妹では無い。
「今日は部活が遅番だったんで、待たせるの悪いから……先に帰って貰った。ま、こんな日も有るさ」
素似合は肩を竦めつつ、言葉を続ける。
「そっちも一人は珍しいじゃない。今日は五月、一緒じゃないんだ?」
同じ小規模部活棟で活動している上、家も近い五月と、慧夢は共に帰宅する事が多い。
素似合の家も近所なのだが、部活の終わる時間や活動場所が違う為、素似合が一緒になるのは、多いという程では無い。
「途中まで娯楽動画制作部の連中と、一緒だったんだけど。五月はBLM研究部と一緒に、電気屋にパソコン見に行ったんで、今日は別々」
「パソコン? あいつ持ってるのに、何でまた?」
「BLM研究部の連中、今度の同人誌の儲けが入ったら、揃って漫画の作画環境をフルデジタルにするんで、タブレットやら何やら……道具を見繕うんだとか」
「――相変わらず、あのホモマンガで金稼いでるのか、五月達は。フルデジタルで漫画というのは、良く分からないけど」
五月を中心としたBLM研究部の部員達は、部員全員でBL系の同人サークルを組んでいる。
結構な人気サークルであり、同人誌で結構な額を稼いでいる為、BLM研究部の部員達は全員、中高生にしては金回りが良いのだ。
「まぁ、でも……お互い一人というのは、都合が良いといえば都合がいいか」
素似合はボソっと、口篭る。
「――何で?」
声に出すつもりは無かったのに、うっかり声に出してしまい、尚且つ慧夢に聞かれたのが気まずかったのか、素似合はバッグを手にしていない右手で、頭を掻きながら答を返す。
「あ、いや……今日の慧夢、様子が変だったから、何かあったのか……機会があったら訊こうと思ってたんだ。他の奴がいたら、訊き難いだろ?」
「素似合にまで、そんな風に思われてたのか、今日の俺」
ばつが悪そうに目線を泳がせつつ、慧夢は呟く。
「『素似合にまで』って事は、僕以外にも?」
「当摩先生にも、似た様な事言われたからさ」
壁ドンのポーズをしていた際の、伽耶の言葉を思い出しながらの、慧夢の言葉だ。
「ああ、当摩先生ね……先生なら気付くだろうな」
少し意味有り気な言い方をしながら、素似合は納得する。
「――で、何かあったの? 話したくないなら、別に話さなくていいけどさ」
既に伽耶を相手に繰り返した会話なので、慧夢は特に迷いもせず、話して良い範囲で素似合に話す事にする。
「先生や五月にも話したんだけど、少しばかり答の出ない疑問があってね、それについて考え込んでいたせいで……様子が変に見えたらしい」
「その疑問って?」
「『自ら死を選んだ他人を、死から救うべきなのか?』っていう疑問」
慧夢の答を聞いた素似合の反応は、伽耶以上であった。
大きな目を丸くして、驚きの表情を浮かべるだけでなく、青信号になったのに、歩き出すのを忘れる程の驚きを見せたのだ。
「――信号変わったぞ」
伽耶の反応もあった事から、素似合も驚くだろうとは、慧夢も思っていた。
だが、驚きの度合いが予想以上だったので、慧夢は少し不機嫌そうな口調で言い放ちながら、一人で横断歩道を歩き出す。
素似合は少し慌てて、横断歩道を歩き始める。すぐに慧夢に追い付き、並んで歩き出す。
そして、横断歩道を渡り終えてから、素似合は慧夢に問いかける。