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50 さっき拝島が言ってたが、ホント夢占って女慣れしてないんだな

「――何でさっきから、格闘技の寝技ばっかりな訳?」


 慧夢の問いに、五月が答える。


「最近、うちの部で格闘技ネタのBLが流行ってるんだ。ほら、寝技って身体が触れ合ったり、抱き合ってるみたいなのが多いじゃない。それで、格闘技の寝技で触れ合う内に、同性同士の愛と性に目覚めた二人が、何時の間にか夜の寝技に……」


「――世界中の真面目に格闘技やってる人達に、心の底から謝れ!」


 うんざりとした顔で、慧夢は言葉を続ける。


「それに……夜の寝技とか連想する様なポーズ、俺と先生がやったら問題になるかもしれないから、出来る訳ないだろ!」


「大丈夫だよ、みんな口堅いから」


 しれっとした顔で言い返した五月の言葉に、BLM研究部の部員達は頷いて同意する。


「そういうお前の口が、全然堅くないっつーの!」


「え、そうだっけ?」


 五月はとぼけるが、実際余り口が堅い方では無い。五月本人も自覚はあるからこその、わざとらしい惚け方だ。


「じゃあ、寝技以外で……何のポーズが良い?」


 BLM研究部の部員達は五月に問われ、五月と共に少しの間、相談を続けてから答を出す。


「じゃ、無難なとこで……顎クイって事で」


 部員達で話し合った結果の答を、五月は慧夢と伽耶に伝え、更に指示を出す。


「先生、慧夢を壁に追い込んで、顎を右手で……クイっと上に」


「え? また俺がされる方? それ普通女の方だろ?」


「背が低い方がクイってされるから、背が高い方と顔が向き合って、萌えシチュエーションになるんだよ」


 クイっとする手や頭の動きを実演しつつ、五月は説明を続ける。


「背が高い方がクイってされたら、背が低い方と顔が向き合わないで、天井や空に顔が向いちゃうから、全然萌えないでしょ!」


「確かに……中国武術の達人が、顎の秘孔ひこうを突いてる様にしか見えないな」


 いわゆる顎クイを、背が低い方が高い方にする場面を想像してみた慧夢は、そんな感想を口にしつつ、伽耶に比べれば背が低い自分の方が、クイっとされる方が絵になるのを理解する。


「――んじゃ、クイっとしようか」


 既に場所は壁際なので、移動する必要は無い。

 伽耶は慧夢の顎に右手の指先で触れると、指先だけで顎をクイっと持ち上げ、いわゆる壁クイのポーズが完成した。


 先程の壁ドンの時と同様に、BLM研究部の部員達が、楽しげにはしゃぐ。

 だが、すぐに本来の目的を思い出し、スケッチブックに鉛筆やシャープペンシルを走らせ始める。


 楽しげな伽耶の表情とは対照的に、慧夢は恥ずかしそうで心許なげな表情を浮かべている。

 壁ドンの時と同様、近い距離で伽耶と見合うのは、矢張り照れてしまうのだ。


「――さっき拝島が言ってたが、ホント夢占って女慣れしてないんだな」


 恥ずかしそうな慧夢を見た伽耶は、今度も少し嬉しそうな表情で言い放つ。


「そうなんですよ! だから慧夢は女に近寄ると過剰反応しちゃうんで、今年の初詣の時も……」


 楽しげな口調の五月の言葉を、慧夢は慌てて言葉で遮る。


「その話続けたら、お前のBLマンガの美少年キャラに、全員ヒゲどころか胸毛と脛毛すねげ臍毛へそげ描き足すぞ!」


「や、やめろ! BLにはヒゲも胸毛も脛毛も臍毛も不要だ! その辺りはBLじゃなくて、薔薇とかハードゲイのカテゴリーだから!」


 本当にやられたら堪らないので、五月は慧夢の初詣の話を止める。


「――ったく、お前のどこか口堅いんだよ! 水の分量間違えて倍にして作ったゼリー並に柔らかいだろ、お前の口!」


 呆れ顔の慧夢に対し、五月は悪戯っ子の様に、ペロリと舌を出して見せる。


「何があったんだ、お前の初詣?」


 気になるのだろう、顎クイのポーズのまま、伽耶は慧夢に問いかける。


「別に……何も無いですよ」


 言葉を濁す慧夢に、伽耶はそれ以上問い質そうとはしない。

 生徒の非行や犯罪絡みのトラブルに関する様な事なら、伽耶は無理やりにでも聞きだすタイプなのだが、五月と慧夢の会話から、そういった深刻な類ではなく、笑い話になる様な気楽な事だと察したからだ。


 その話題はそこで終り、BLM研究部の部員の一人が口にした、気楽な校内の噂話に、話題は切り替わる。

 開け放たれた窓から、心地良い風が吹いて来る古びた教室の中で、慧夢は伽耶と共に、デッサンのモデルを続ける……気楽な会話を楽しみながら。


    ×    ×    ×





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