48 そりゃまた、随分と哲学的というか文学的というか、らしくない疑問だな
「――そりゃまた、随分と哲学的というか文学的というか、らしくない疑問だな」
伽耶の呟きに、五月が頷いて同意を示す。
「何でまた、そんな疑問について思い悩んでるんだ?」
無論、伽耶に問われても、本当の事など言える訳が無いので、咄嗟に慧夢は嘘を吐いて、誤魔化そうとする。
「――自殺しようとする人を止める、ボランティア団体の人をテーマにしたドキュメンタリー番組を見たんだ。その番組に出て来た自殺願望がある人が、ボランティア団体の人を、『独り善がりの偽善者』呼ばわりしてたもんで、まぁ……そんな疑問を持った訳」
口から出任せは、慧夢としては得意とする所。
咄嗟にしては、それらしい感じの理由をでっち上げられたなと思いつつ、嘘を吐いた事に対し、心の中で伽耶達に頭を下げる。
「成る程ね……独り善がりの偽善者か。確かに死にたい人からすれば、自殺を止めようとするボランティアは、そんな風に思えるのかもしれないな」
伽耶は壁ドンのポーズのまま、目を伏せて考え込む。
「簡単に答を出して良い問題じゃないのかもしれないが、個人的には……相手の状況によるんじゃないかと思う」
「相手の状況?」
慧夢の問いに頷いてから、伽耶は口を開く。
「死を避けられぬ病で、生きていても苦しいだけの人の場合は、死のうとするのを止めるべきではないんじゃないかな。改善の見込みが無いのに、ただ苦しむだけの人生を送りたくないという人の意志は、尊重すべきだと思うから」
らしくない真面目な口調で、伽耶は言葉を続ける。
「でも……それ以外の場合は全て、相手の意志なんて無視して止めるべきだと思うよ。止める方が正しいと、あたしは思うね」
「――その理由は?」
「自殺したいと思う人って、人生で最悪って言えるくらいに悪い時期を迎えて、追い込まれているもんだろ?」
伽耶の問いに、慧夢は頷く。
「でもね、人間は悪い時期……精神的に追い込まれている時期には、正しい判断が出来ないものなんだ。そういう時には視野や考え方が狭くなっていて、悪い事ばかりが目に入り、悪くしか考えられなくなるものだからね」
慧夢自身は自殺を考える程、追い込まれた経験は無い。
だが、人間不信を拗らせていた時期や、中等部で立場が悪くなった時期などに、伽耶が言う様な状況に陥った経験があった為、伽耶の言葉に慧夢は説得力を感じた。
「視野や考え方が狭くなってる時には、正しい判断なんて出来っこない。だから、人生で悪い時期……追い込まれている時期には、大事な決断はしちゃ駄目なんだよ」
「つまり、自殺したい人は……人生で悪い時期にいて追い込まれているんで、視野や考え方が狭くなっていて、正しい判断なんて出来る訳が無い人だと?」
「その通り。生きるか死ぬかなんていう大事な決断を、そんな人間にさせちゃいけない。だから本人の意志なんて無視して、止めるべきなんだ」
「――成る程」
「大事な決断は、良い時……心に余裕がある時にするものさ」
伽耶の話に聞き入っていた慧夢は、納得したかの様に頷く。
「参考になったか?」
「なったよ、先生らしくない話だったけど」
「らしくないは余計だ!」
壁ドンのポーズのまま、伽耶は左手で慧夢の額を小突く。
「――でも、実際……当摩先生の言う通りだと思いますよ」
突如、BLM研究部の中等部の部員が、口を開く。
デッサンをしつつ、慧夢と伽耶の会話を興味深げに聞いていた、可愛らしいが大人しい感じの、お団子ヘアーの少女だ。
「私……小学生の頃に苛めに遭ってた時期があるんですけど、その頃は死ぬ事ばかり考えてたんです。死ねば楽になれるんじゃないかなって考えが、頭にこびり付いたみたいに……」
「乃ノ香にそんなハードな過去があったとは、知らなかった」
意外そうな顔で、五月はお団子ヘアーの少女……榛原乃ノ香に目をやる。