46 あ、ウチの部は普通じゃないから、ドンされる方……男だし
「――そろそろ次のポーズにしようか。何かリクエストある?」
五月が良く通る声で、BLM研究部の部員達に問いかける。
時は放課後、場所は放課後の小規模部活棟の教室内。
午後の強い陽射が、窓の外の植木に程良く殺がれた教室の中。
五月は四人の部員達と共に机を並べ、モデルのデッサンを行っているのだ。
モデルを務めるのは、今日はBLM研究部の活動を手伝う慧夢と、監督の為に小規模部活棟の各教室を巡回していた所、五月に捕まってしまった伽耶。
伽耶のヘッドロックから開放された慧夢は、首を解す様に回しながら、BLM研究部の部員達に話しかける。
「もうプロレス技は禁止な! 俺の身体がもたないから!」
最初は一人でモデルを務めていたのだが、伽耶が捕まり二人でモデルを始めてからは、せっかくだから二人でしか出来ないポーズをデッサンしようという事になった。
すると、BLM研究部の部員達から続け様に、プロレス技のリクエストが相次いでしまった。
その結果、慧夢は伽耶にプロレス技をかけられる羽目になり、ほんの数秒前までヘッドロックをかけられていたのだ。
身体が痛いのが、プロレス技を続けたくない最大の龍だが、プロレス技は伽耶の身体との接触が多くて恥ずかしいというのも、慧夢が避けたい理由の一つである。
「壁ドンがいい!」
部員が一人声を上げると、他の部員達も同調して壁ドンコールを始める。
「いや、壁ドンはプロレス技とは別の意味で、恥ずかしいんだけど……」
困惑気味に慧夢が呟いた事など、五月は完全に無視して、伽耶に声をかける。
「先生、慧夢を壁に追い込んで、頭の横辺りにドンと手を突いて!」
五月の発言を耳にして、慧夢は驚きの声を上げる。
「え? 俺がドンされる方? それ普通女の方だろ?」
「あ、ウチの部は普通じゃないから、ドンされる方……男だし」
しれっとした口調の五月に、BLM研究部の部員達は頷いて同意を示す。
「それに、慧夢は先生より背が低いじゃない。やっぱドンする方の背が低いと、絵にならないでしょ」
BLM研究部の部員達は再び、五月の発言に頷いて同意を示す。
慧夢の身長は年齢的には平均と言えるレベルなのだが、伽耶の方が素似合程では無いにしろ、女性としては長身の部類で、慧夢より少し背が高いのは事実だった。
「――じゃ、ドンしようか」
伽耶は慧夢の手を引き、通路側の壁がある方向に移動する。
五月を含めたBLM研究部の面々も、机と椅子ごとデッサンし易い場所へ移動し始めた。
「先生、何か妙に乗り気に見えるんだけど?」
何処と無く楽しそうな伽耶に、慧夢は問いかける。
「いやー、前に女子連中が壁ドンについて話してたのを聞いて以来、一度くらいはやってみたいと思ってたんでな、良い機会だと思ってさ」
「やるにしても、先生は女なんだから、ドンする側じゃなくて、される側だろ!」
「んーどうだろう? あたしは性格的に、ドンされる側は合わないと思うんだ」
伽耶の強気の性格を良く知っている慧夢は、その言葉に妙な説得力を感じてしまう。
「――という訳で、とりあえず壁にドーン!」
壁際に辿り着いた伽耶は、慧夢の身体を壁の方に軽く押す。焼き過ぎたパンの様な色合いの木製の壁に、伽耶は慧夢を押付けたのだ。
「で、次は頭の横に……手をドン!」
伽耶は慧夢の前に立って右手を伸ばすと、慧夢の頭の横を掌で突く。
ドンというよりはバンという音を立てて、いわゆる壁ドンのポーズが完成する。
BLM研究部の部員達が、楽しげにはしゃぎ声を上げる。伽耶を男性の攻めキャラに置き換えて妄想し、盛り上がったのだ。
だがBLM研究部の部員達は、すぐに本来の目的を思い出し、思い思いにデッサンを始める。
デッサンされる慧夢の方は、かなり恥ずかしい思いをしていた。
授業中以外は歳の離れた友人の様に接している相手とはいえ、触れ合いそうな程に顔を寄せている伽耶と、見合う状態になっているのだから、恥ずかしいのは当たり前。
生真面目な人が見たら、不謹慎だと騒ぎ立ててもおかしくは無い程度に、女教師と男子生徒がやるには刺激的なポーズ。
慧夢でなくとも思春期の男子生徒なら、照れるのが当たり前だろう。