45 望んで死にたがる奴の命を救うのは、ただの自己満足……余計なお世話なのかもしれないし。それって、自分の命を賭けてまで、やる様な事なのかな?
色々と調べた結果、黒き夢の原因は、西洋の妖術使いが作り出した薬だと、幻夢斎は認識していた。
その薬を服用すると、夢世界の一部が封印されてしまい、その結果として主は夢から目覚めなくなり、夢世界は歪んでしまう(夢世界の色が黒くなるのは、その歪みの結果として)。
だが、そんな夢世界の歪め方をすれば、人間の霊魂も肉体も消耗し、霊的なシステムに狂いが生じる。
結果として、大抵の場合は半月程で、霊魂と肉体の接続が完全に切れてしまい、夢の主は死に至るのだ。
「西洋の妖術使いが作り出した薬……西洋の魔女や魔術師が作り出した、チルドニュクスと同じ物なのかな?」
慧夢は呟きつつ、夢の鍵についての説明を読み始める。
夢の鍵とは、西洋の妖術(おそらく今の言葉では魔術なのだろう)が作り出した薬が、夢世界に作り出した封印の核の様な物らしい。
薬により封印される夢世界の一部とは、夢世界の主が夢から目覚め……夢世界を破壊する為の機能を果たす部分。
この機能が封印されてしまうが故に、主は夢から覚めなくなってしまうのだ。
「――つまり、夢世界に入り込んで、その夢の鍵というのを見つけ出して壊せば、黒き夢は普通の夢に戻り、夢の主は目覚めるのか……」
慧夢が呟いた通り、夢芝居の能力者が黒き夢の世界に入り、夢の鍵を探し出して破壊すれば、黒き夢は普通の夢となり、主は目覚める。
だが、話はそんなに簡単では無い。
夢の鍵は夢世界において、主以外の人や物……何かに姿を変えているので、探し出すだけでも難しい。
しかも、夢の主にとって最も大事な存在に化けている場合が殆どで、夢の鍵は主により守られている場合も多く、見つけ出しても手に入れて壊すのは難しい。
おまけに、制限時間は限られている。
大抵の場合、黒き夢を見始めてから半月前後で、夢の主は死んでしまうのだから。
最大でも半月だが、実際は夢占の夢芝居能力者が、黒き夢の存在に気付くまでに、ある程度の日数が過ぎてしまっている場合が殆ど。
大抵の場合、数日という短い期間しか、夢占の夢芝居能力者には、与えられないのである。
短い期間の間に夢の鍵を探し出し、夢世界の主を出し抜いて、夢の鍵を手に入れて破壊するというのは、相当に難易度が高い課題といえる。
しかも、課題の達成に失敗したら、夢世界の主だけでなく、入り込んだ夢芝居能力者も死んでしまうのだ。
黒き夢を見始めて半月が過ぎ、霊魂と肉体の接続が完全に切れてしまい、夢の主が死に至ると、夢世界は主の霊魂と共に、あの世へと向う。
その際、夢の鍵と夢世界の破壊に失敗した夢芝居能力者は、夢世界に閉じ込められたまま、あの世に送られてしまい、死んでしまうのである。
「黒き夢の主を救うのは、不可能じゃない。でも、相当にハードルが高い課題を達成しないと、救うのは無理で……自分も死んじまうって訳か」
参ったなといった風な口調で、慧夢は呟く。
難易度が高い目標に、命を賭して挑んでまで、自ら死を望んでいる志月を助けるべきなのだろうかと、慧夢は思い悩む。
「望んで死にたがる奴の命を救うのは、ただの自己満足……余計なお世話なのかもしれないし。それって、自分の命を賭けてまで、やる様な事なのかな?」
頭に浮かんだ疑問を、慧夢は呟いてみる。
だが、どれだけ考えても、疑問に対する明確な答など、慧夢の頭は導き出せない。
自分の命がかかっている問題なのだ、簡単に答など出せる訳もないなと、慧夢は思う。
だが、志月の命を救うのなら、長々と考え続ける訳にも行かないのだ。
志月が黒き夢を見始めてから、一週間程が過ぎている。
夢世界に入り込んで、夢の鍵を探し出して破壊するのに必要な時間を考えれば、長々と考え続ける時間的な余裕は無い。
夢占秘伝には、黒き夢の主を目覚めさせる方法も、幽体離脱していない時に夢世界の光が見えてしまう様になった理由も、書いてあった。
夢占秘伝を開く前に知りたかった答は、二つとも載っていた。
でも、「自ら死を選んだ他人を、命を賭してまで死から救うべきなのか?」という、慧夢の頭に浮かんでしまった疑問の答は、載っていなかった。
その疑問に対する答は、夢占秘伝も教えてはくれない、慧夢が自分の人生で出さなければならない答なのだ。
役目を果たしてくれた夢占秘伝を閉じて、一度……手を合わせて拝むと、慧夢は元にあった所に、夢占秘伝を仕舞う。
そして、ベッドの上で仰向けに寝転び、頭を支配する疑問について、慧夢は延々と考え続ける……。
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