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43 ――何だ、これ?

 その日の夕食後、慧夢はテレビも見ずに自室に戻った。

 久し振りに夢占秘伝を読むのが、その目的だ。


 まず、慧夢は本棚から「古文書入門」という本を取り出し、机の上に置いた。

 夢占秘伝自体は平易な文章で書かれているのだが、江戸時代に書かれたものなので、くずし字や異体字、変体仮名などの、現代では使われていない文字が多用されている。


 そういった文字を読解する為に、古文書入門が必要なのだ。

 それでも分からない文章などは、他人に見せても問題無さそうな部分は、学校で古文の先生に聞いたりもするが、見せられない部分は、分からぬまま放置したままだったりもする。


 続いて、慧夢は押入れを開けると、その奥の方にある金庫を手に取る。

 夢占秘伝は貴重な古文書であるが故に、押入れの奥に隠された、鈍色にびいろの耐火金庫に仕舞われている。


 ほぼ同じ内容の書が、祖父の家の蔵にも存在する。

 だが、一族以外の者に見せてはいけないという家訓があり、尚且つ慧夢以外には読んでも意味が無い書なので、当代で夢占秘伝を読んでいるのは、慧夢だけなのだ。


 慧夢しか知らない鍵番号にダイヤルを合わせ、ガチャリという音を立てつつ金庫の扉を開けると、慧夢は中から一冊の古文書を取り出す。

 やや退色しているが、夢占秘伝の保存状態は良く、不思議と紙魚が全く無いので、古文書なのに妙に新しく見える。


 夢占秘伝書を手にした慧夢は、机の椅子に座ると、机の上に夢占秘伝を置く。

 慧夢は夢占秘伝に、うやうやしく手を合わせて一礼する。


 そして、おもむろにページを開いて、夢占秘伝を読み始める。

 現実世界で夢世界が見えてしまう現象や、黒き夢について調べる為に。


 学校で古文の授業も受けているし、以前より賢くもなっているのだろう。

 以前は読めなかった文章なども、結構慧夢は読める様になっていた。


「学校の授業は、馬鹿には出来ないね。独学で読み解いていた時には読めなかった部分も、スラスラ読める様になってるよ」


 目的の情報が手に入った訳では無いのだが、以前に比べて読める部分が明らかに多くなっているのが、慧夢には嬉しかった。

 慧夢は調子に乗って夢占秘伝を読み進め、とうとう黒き夢について触れた部分に、差し掛かる。


「黒き夢には、近付く事勿れ、決して入る事勿れ」


 記憶に刻まれた、この一文が記されているページまで、慧夢は辿り着いたのだ。


「問題なのは、この先か……」


 緊張しているのを自覚した慧夢は、心を落ち着ける様に、一度大きく深呼吸してから、慎重にページをめくって読み進める。

 目に飛び込んでくるのは、筆と墨で書かれた、意味の通じぬ奇妙な文章。


 以前同様、墨で書かれた文字は……今の慧夢でも読めはしなかった。

 だが、夢占秘伝を読み進めた慧夢は、驚きの余り両目を見開き、掠れ気味の声で呟く。


「――何だ、これ?」


 墨で書かれた文章は、今でも読めはしない。

 だが、その読めない文章の上に書き込まれた文章が目に飛び込んで来たので、慧夢は驚いたのだ。


 何で書かれたのかは不明だが、その文章は薄く光る何かで書き込まれていた。

 夢世界の放つ光……しかも、昼下がりの教室で目にした、薄く見えた夢世界の光に似た光。


 そして、その光る文字で書かれた文章の正体は、文章自体に明かされていた。


「黒き夢に近付きし我が子孫よ、我が霊力により記した、このふみを遺す」


 この一文から始まる文章は、幻夢斎が己の霊力を込めた文字で、夢占秘伝に記述した文章だと解説されていた。

 幻夢斎の力を受け継いだ者が、黒き夢に近付いてからでなければ読めぬ様に、墨ではなく霊力の文字で記されていたのだ。


 幻夢斎が光る文字で記述した説明によれば、夢芝居の能力を持つ者が黒き夢を目にして近付いてしまうと、本能的に危険を感じて能力が研ぎ澄まされ、夢芝居の能力が強まってしまうらしい。

 その上で、能力のレベルが一定以上を超えた場合、それまでは自分が幽体とならなければ、見る事が出来なかった夢世界の光が、肉体と一つになっている時でも、見える様になるのだという。


 夢世界以外にも、幽体離脱時しか見れなかった、死霊などの霊的な存在も見える様になるので、幻夢斎が霊的な力を込めて記した文章も、読める様になったのだ。

 実は幽体離脱中に夢占秘伝を開けば、これまでも読めた文章なのだが、僅かな時間しかない幽体離脱時に霊力を消耗し、わざわざ夢占秘伝を読んだりはしないだろうと、幻夢斎は考えた。


 実際、これまで慧夢は幽体離脱中に夢占秘伝を読んだ経験は無く、霊力を込めた字で記された文章に気付かなかった。

 幻夢斎の読みは、正しかったと言える。

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