41 ゲームに出て来る魔女や魔術師なら、簡単に倒して問題解決なんだけど……
(――戻ったか)
途切れていた意識が回復し、慧夢は心の中で呟く。
目を開くと、目に映るのは暗い部屋の、見慣れた天井。
音楽が聞こえないのは、スマートフォンがプレイリストの再生を終え、スリープモードに入っているから。
(今、何時だろ?)
枕元の目覚まし時計に目をやり、慧夢は現在時刻を確認。
デジタル時計には、午前二時十八分という時刻が、表示されていた。
(幽体離脱したのが一時三十四分で、籠宮総合病院に行って、籠宮の叔母さんの夢に入るまでに十分だから、夢世界にいたのは三十数分ってとこか……)
行きとは違い、帰りは霊力切れで戻って来たので、殆ど時間はかかっていない。
霊力切れを起こすと、慧夢の幽体は幽体や霊魂だけが通れる異空間を通り、瞬間移動に近い形で、肉体に強制的に戻されてしまうので。
他人の夢世界の中と違い、自分の肉体と一つになれば、幽体は短時間で霊力の完全回復が可能。
また眠りにつけば、すぐに幽体離脱して、誰かの夢世界に慧夢は入れる。
だが、慧夢は目が冴えてしまい、眠る気分にはなれなかった。
初めて目にした黒き夢、しかも黒き夢の主がクラスメートであり、永眠病かもしれない志月だという事実。
志津子の夢世界で見聞きした、どうやら志月が過眠症などの通常の睡眠障害では無く、いわゆる永眠病だとしか思えないという話。
今夜知ってしまった様々な事から、慧夢が導き出した、夢占秘伝で語られる黒き夢とは、永眠病を患う者の夢世界なのではないかという推測……。
様々な情報や思考が、頭の中をかき乱し、慧夢は眠ろうにも眠れない状態になってしまったのだ。
「まぁ、仮に夢占秘伝でいう所の黒き夢が、永眠病の患者の夢世界を意味しているのだとしても、俺には確かめようが無いんだよな」
天井を見詰めながら、慧夢は複雑な面持ちで独白を続ける。
「確かめられたとしても、俺に何かが出来る訳でも無いし。夢の中に入れるならともかく、黒き夢じゃ入る訳にもいかないから、籠宮を起こしてやれもしないんだし……」
自分が色々と思い煩っても何の意味も無いと、慧夢は自覚していた。
それでも、身内の医者ですら永眠病だと考えているらしい志月の今後が、慧夢には気になってしまうのだ。
週刊問題が最初に報道し、他のマスメディアも追随報道し確認した通り、実際に永眠病で死んだ人間は、かなりの数存在している。
このままだと志月が、その死んだ人間の仲間入りをしてしまうのではないかと、慧夢は考えざるを得ないのである。
仲が良いとは言えないクラスメートとはいえ、死なれるのは良い気分では無いので、死んで欲しくなど無い。
だからといって、志月の夢世界が黒い以上、慧夢にはどうする事も出来ない。
仮にどうにか出来るのだとしても、するべきなのかどうかという疑問まで、頭に浮かんできてしまう。
(自分で死にたいと思っている籠宮を助けようなんてのは、そもそも余計なお世話でしかない、自己満足に過ぎないでのは?)
死ぬかもしれない志月を、助けたいという欲望はあるが、それが叶えられないのを自覚している為、慧夢は欲求不満に陥っている。
欲求不満に陥れば、自我が不安定化してしまい、心が落ち着く事は無い。
そして、志月の命を救えるのだとしても、救うのが正しいのかどうかという疑問までもが、慧夢の頭を悩ませ始めてしまう。
様々な事柄に頭の中を掻き乱され、慧夢は目が冴え切ったまま、時間は過ぎ去って行く。
「――どうせ眠れないんだし、ゲームでもやるか」
慧夢はベッドから起き上がると、机の椅子に座り、ノートパソコンを起動する。
そして、オンラインプレイが楽しめるアクションロールプレイングゲームを、プレイし始める。
黒いローブを羽織った魔女風のキャラが、モニターの中に現れる。
大して強い敵キャラでは無い、雑魚と言えるキャラなので、慧夢は剣士風のキャラを操作して、あっさりと倒してしまう。
魔女のキャラを見たせいか、慧夢は絵里の夢の中で見た魔女の姿と、絵里の言葉を思い出す。
「――そうだ……ネット通販で、志月は買っちゃったのよ、チルドニュクスを。魔女のサイトで買ったチルドニュクスを……」
(まだあるのかな、その魔女のサイトってのは?)
慧夢は気になり始め、一段落ついた頃合でゲームを中断。ブラウザを起動し、チルドニュクスや魔女などの単語で、検索を始める。
検索エンジンは即座に、膨大な数のサイトをリストアップした。
「前よりも増えてる……イタズラ目的の偽サイトが、更に増えたのかな?」
永眠病の話題がネットを賑わし始めた頃、慧夢は興味本位でチルドニュクスの通販サイトを探し、見た事があった。
当時から本物なのか偽物なのか分からないサイトが、数多く存在していた。
科学的な研究機関や製薬会社を装ったデザインのサイトもあれば、魔法や錬金術などとの関係を匂わせる、オカルト風のデザインのサイトもあった。
特定商取引法など無視して当たり前といった感じで、日本の警察が取り締まり難い国のサーバーばかりが利用されていたのだ。
色々とチルドニュクス関連のサイトを、再び見て回っている内に、慧夢は一つの事に気付いた。
「――気のせいかな? 魔術との関連をアピールするサイトの比率、前より高くなってる気がするけど」
以前、その手のサイトを巡った時には、科学や医療との関係をアピールするサイトの方が多かった印象を、慧夢は受けていた。
だが今回の慧夢は、魔術や魔女……魔術師などとの関係をアピールするサイトが、七割以上といった印象を受けていたのだ。
殆どのサイトは、イタズラ目的で作られただけなのだろう。
それでも、多くの人々がチルドニュクスは何らかの形で、科学とは別の……魔術的な何かと関わりがあるのではないかと、本能的に察している為、魔術との関連をアピールするサイトの比率が高まったのではないかと、慧夢は考えたりもする。
無論、その考えが正しいかどうかなど、慧夢には確かめ様が無い。
チルドニュクスの販売サイトを色々と眺めても、志月を助ける為に役立つ情報が、得られる訳でも無い。
「ゲームに出て来る魔女や魔術師なら、簡単に倒して問題解決なんだけど……」
げんなりとした顔で、慧夢は愚痴る。
「ネットの向こう……しかも海外サーバーの向こうにいる魔女なんて、俺にはどうする事も出来ないな。仮にチルドニュクスを売りさばく魔女が、実在しているのだとしても……」
チルドニュクスの通販サイトを巡っても、どうやら意味は無さそうだと結論付け、慧夢はブラウザを閉じる。
そして、相変わらず眠る気にもなれないので、中断していたゲームを再開すべく、ゲームソフトを立ち上げる。
その後、慧夢は空が白み、雀の鳴き声や新聞配達の音など、朝を知らせる音が耳に届き始めるまで、オンラインゲームを続けた。
「他人の永眠病が気になるせいで、自分が不眠症になったりしたら……悪い冗談だな」
朝陽が射し込んで来る窓を、眩げに眺めながら、慧夢は呟き……深く溜息を吐く。
殆ど眠らなかったせいか、やや鈍っている頭をはっきりさせる為、慧夢はシャワーを浴びる事を決意。
ゲームを止めてノートパソコンをシャットダウンすると、慧夢は風呂場に向って歩き出した。
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