表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/232

41 ゲームに出て来る魔女や魔術師なら、簡単に倒して問題解決なんだけど……

(――戻ったか)


 途切れていた意識が回復し、慧夢は心の中で呟く。

 目を開くと、目に映るのは暗い部屋の、見慣れた天井。


 音楽が聞こえないのは、スマートフォンがプレイリストの再生を終え、スリープモードに入っているから。


(今、何時だろ?)


 枕元の目覚まし時計に目をやり、慧夢は現在時刻を確認。

 デジタル時計には、午前二時十八分という時刻が、表示されていた。


(幽体離脱したのが一時三十四分で、籠宮総合病院に行って、籠宮の叔母さんの夢に入るまでに十分だから、夢世界にいたのは三十数分ってとこか……)


 行きとは違い、帰りは霊力切れで戻って来たので、殆ど時間はかかっていない。

 霊力切れを起こすと、慧夢の幽体は幽体や霊魂だけが通れる異空間を通り、瞬間移動に近い形で、肉体に強制的に戻されてしまうので。


 他人の夢世界の中と違い、自分の肉体と一つになれば、幽体は短時間で霊力の完全回復が可能。

 また眠りにつけば、すぐに幽体離脱して、誰かの夢世界に慧夢は入れる。


 だが、慧夢は目が冴えてしまい、眠る気分にはなれなかった。

 初めて目にした黒き夢、しかも黒き夢の主がクラスメートであり、永眠病かもしれない志月だという事実。


 志津子の夢世界で見聞きした、どうやら志月が過眠症などの通常の睡眠障害では無く、いわゆる永眠病だとしか思えないという話。

 今夜知ってしまった様々な事から、慧夢が導き出した、夢占秘伝で語られる黒き夢とは、永眠病をわずらう者の夢世界なのではないかという推測……。


 様々な情報や思考が、頭の中をかき乱し、慧夢は眠ろうにも眠れない状態になってしまったのだ。


「まぁ、仮に夢占秘伝でいう所の黒き夢が、永眠病の患者の夢世界を意味しているのだとしても、俺には確かめようが無いんだよな」


 天井を見詰めながら、慧夢は複雑な面持ちで独白を続ける。


「確かめられたとしても、俺に何かが出来る訳でも無いし。夢の中に入れるならともかく、黒き夢じゃ入る訳にもいかないから、籠宮を起こしてやれもしないんだし……」


 自分が色々と思い煩っても何の意味も無いと、慧夢は自覚していた。

 それでも、身内の医者ですら永眠病だと考えているらしい志月の今後が、慧夢には気になってしまうのだ。


 週刊問題が最初に報道し、他のマスメディアも追随報道し確認した通り、実際に永眠病で死んだ人間は、かなりの数存在している。

 このままだと志月が、その死んだ人間の仲間入りをしてしまうのではないかと、慧夢は考えざるを得ないのである。


 仲が良いとは言えないクラスメートとはいえ、死なれるのは良い気分では無いので、死んで欲しくなど無い。

 だからといって、志月の夢世界が黒い以上、慧夢にはどうする事も出来ない。


 仮にどうにか出来るのだとしても、するべきなのかどうかという疑問まで、頭に浮かんできてしまう。


(自分で死にたいと思っている籠宮を助けようなんてのは、そもそも余計なお世話でしかない、自己満足に過ぎないでのは?)


 死ぬかもしれない志月を、助けたいという欲望はあるが、それが叶えられないのを自覚している為、慧夢は欲求不満に陥っている。

 欲求不満に陥れば、自我が不安定化してしまい、心が落ち着く事は無い。


 そして、志月の命を救えるのだとしても、救うのが正しいのかどうかという疑問までもが、慧夢の頭を悩ませ始めてしまう。

 様々な事柄に頭の中を掻き乱され、慧夢は目が冴え切ったまま、時間は過ぎ去って行く。


「――どうせ眠れないんだし、ゲームでもやるか」


 慧夢はベッドから起き上がると、机の椅子に座り、ノートパソコンを起動する。

 そして、オンラインプレイが楽しめるアクションロールプレイングゲームを、プレイし始める。


 黒いローブを羽織った魔女風のキャラが、モニターの中に現れる。

 大して強い敵キャラでは無い、雑魚と言えるキャラなので、慧夢は剣士風のキャラを操作して、あっさりと倒してしまう。


 魔女のキャラを見たせいか、慧夢は絵里の夢の中で見た魔女の姿と、絵里の言葉を思い出す。


「――そうだ……ネット通販で、志月は買っちゃったのよ、チルドニュクスを。魔女のサイトで買ったチルドニュクスを……」


(まだあるのかな、その魔女のサイトってのは?)


 慧夢は気になり始め、一段落ついた頃合でゲームを中断。ブラウザを起動し、チルドニュクスや魔女などの単語で、検索を始める。


 検索エンジンは即座に、膨大な数のサイトをリストアップした。


「前よりも増えてる……イタズラ目的の偽サイトが、更に増えたのかな?」


 永眠病の話題がネットを賑わし始めた頃、慧夢は興味本位でチルドニュクスの通販サイトを探し、見た事があった。

 当時から本物なのか偽物なのか分からないサイトが、数多く存在していた。


 科学的な研究機関や製薬会社を装ったデザインのサイトもあれば、魔法や錬金術などとの関係を匂わせる、オカルト風のデザインのサイトもあった。

 特定商取引法など無視して当たり前といった感じで、日本の警察が取り締まり難い国のサーバーばかりが利用されていたのだ。


 色々とチルドニュクス関連のサイトを、再び見て回っている内に、慧夢は一つの事に気付いた。


「――気のせいかな? 魔術との関連をアピールするサイトの比率、前より高くなってる気がするけど」


 以前、その手のサイトを巡った時には、科学や医療との関係をアピールするサイトの方が多かった印象を、慧夢は受けていた。

 だが今回の慧夢は、魔術や魔女……魔術師などとの関係をアピールするサイトが、七割以上といった印象を受けていたのだ。


 殆どのサイトは、イタズラ目的で作られただけなのだろう。

 それでも、多くの人々がチルドニュクスは何らかの形で、科学とは別の……魔術的な何かと関わりがあるのではないかと、本能的に察している為、魔術との関連をアピールするサイトの比率が高まったのではないかと、慧夢は考えたりもする。


 無論、その考えが正しいかどうかなど、慧夢には確かめ様が無い。

 チルドニュクスの販売サイトを色々と眺めても、志月を助ける為に役立つ情報が、得られる訳でも無い。


「ゲームに出て来る魔女や魔術師なら、簡単に倒して問題解決なんだけど……」


 げんなりとした顔で、慧夢は愚痴る。


「ネットの向こう……しかも海外サーバーの向こうにいる魔女なんて、俺にはどうする事も出来ないな。仮にチルドニュクスを売りさばく魔女が、実在しているのだとしても……」


 チルドニュクスの通販サイトを巡っても、どうやら意味は無さそうだと結論付け、慧夢はブラウザを閉じる。

 そして、相変わらず眠る気にもなれないので、中断していたゲームを再開すべく、ゲームソフトを立ち上げる。


 その後、慧夢は空が白み、雀の鳴き声や新聞配達の音など、朝を知らせる音が耳に届き始めるまで、オンラインゲームを続けた。


「他人の永眠病が気になるせいで、自分が不眠症になったりしたら……悪い冗談だな」


 朝陽が射し込んで来る窓を、眩げに眺めながら、慧夢は呟き……深く溜息を吐く。

 殆ど眠らなかったせいか、やや鈍っている頭をはっきりさせる為、慧夢はシャワーを浴びる事を決意。


 ゲームを止めてノートパソコンをシャットダウンすると、慧夢は風呂場に向って歩き出した。


    ×    ×    ×





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ