表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/232

40 どう考えても、今見たのって性的要求不満を象徴する夢よね?

 部屋の中でベッドの傍らに立っている慧夢は、眠そうに目を擦りながら、上体を起こす志津子の姿を見下ろしている。


「――変な夢見たな。目付きが悪い男……というか男の子に痴漢された後、巨人になって病院壊したりするとか……」


「いや、だから間違ってぶつかっただけで、痴漢したんじゃないから! それと、あんたの夢は目付きが悪いって、繰り返し過ぎ! 幾らなんでもしつこい!」


 志津子に聞こえないのは分かっているのだが、慧夢は思わず突っ込んでしまう。


「どう考えても、今見たのって性的要求不満を象徴する夢よね? 痴漢に遭うのも、何かを破壊するのも、身体が大きくなるのも……」


「何でもかんでも、性的欲求不満に繋げる夢判断するのは、フロイトに毒され過ぎだと思うよ」


 聞こえる訳もない言葉を志津子にかけつつ、慧夢は自分の霊力の回復度合いを探る。

 別にメーターの類がある訳でもないので、あくまで大雑把な感覚でしかないのだが、慧夢は霊力の回復度合いというか、幽体離脱を維持出来る時間を、勘で把握出来るのだ。


「夢世界に居た時間が短いから、余り回復していないんで、幽体離脱していられるのは一分強ってとこか。速く誰かの夢に入らないと……」


 とりあえず、志津子の隣のベッドで寝ている女性の夢世界に入ろうかと、慧夢は隣のベッドに目線を移す。

 疲れた顔をして寝入っている女性が、濃い灰色の夢世界の渦と共に、慧夢の視界に映る。


「義姉さん、眠ってる時まで疲れ切った顔してるな。大変だったもんね、陽志が亡くなってから……」


 志津子が女性の顔を見下ろしながら、心配そうに呟く。


「男の方が籠宮の父親で、医者が妹。この二人は顔が似ているし、杉山も籠宮の叔母が担当医だと言ってたから、本物の兄妹なんだろう」


 女性の顔を見下ろしながら、慧夢は続ける。


「籠宮の父親が、『陽子』って呼んでた人と、叔母が『ねえさん』と呼んでる人は、会話の内容からして、たぶん同一人物。その『ねえさん』というのは、義理の姉という意味の義姉ねえさんで、つまり……この女の人が、籠宮の母親の陽子さんって事か」


 ベッドで眠っている女性が、志月の母親である籠宮陽子だろう事は、夢の中で志津子達の会話を聞いていた時点で、慧夢には大よそ分かってはいたのだが、確信は出来ていなかった。

 この段階に至って、ようやく慧夢は確信出来たのである。


「すぐに入れる夢世界となると、籠宮の母親の夢世界しか無さそうだけど……」


 疲れ切った顔で、辛そうな表情で眠っている陽子の夢世界の色は、濃い灰色であり……かなりの確率で悪夢の部類。

 息子を失い、娘が原因不明の病を患う羽目になった陽子の心労は、志津子の比では無いのは当然、その影響が夢世界にも出ているのだ。


「入りたい色の夢じゃない。それに疲れ切ってるみたいだし、俺が耐え切れないレベルの悪夢だとして、俺の都合で無理に目覚めさせるのは……籠宮の母親に悪いよな。悪夢であっても、身体と脳の疲労は……ちゃんと回復しているんだろうし」


 心も身体も疲れ切っているらしい陽子を、自分が居続けられない悪夢だからといって、強引に目覚めさせるのは、陽子の健康の為に悪い。

 しかも、かなりの確率で陽子の夢世界は、悪夢だというのが分かっている。


 故に、悪夢と分かっていながら、自分の都合で目覚めさせる訳にもいかないだろう、陽子の夢世界に入る選択肢を、慧夢は捨てる。


「仕方が無い、一度……戻るか」


 慧夢は自分の肉体に、一度戻る事を決める。

 派手に霊力を消耗する真似をして、即座に肉体に戻ろうと思えば戻れるのだが、霊力の残りは数十秒分しか無さそうなので、自然に霊力が尽きるのを待つ。


「――にしても、義姉さんと違った意味で、私も疲れてるんだろうな。あんな志月と同じ年頃の男の子に、痴漢される夢を見るなんて」


 志津子は頭を抱え込み、悩ましげな口調で愚痴る。


「いや、だからそれ痴漢じゃなくて、うっかり俺がぶつかって押し倒しただけだから」


 聞こえないと分かってはいるのだが、それでも慧夢は声をかけずにいられない。

 自分が痴漢行為を働いた訳では無いと、自分に言い聞かせたいだけなのかもしれないが。


「これってやっぱり、私が高齢処女を拗らせてるせいなのかな? 自分の性的経験が歳相応でない事に対して、潜在的に劣等感を抱いている為、そんな自分と釣り合う年齢の相手を、性的願望の対象としてしまっているのが、夢に反映されてしまったとかで」


 そんな志津子の独白を耳にして、慧夢は夢の中での志津子の発言を思い出し、驚いた様に呟く。


「ああ、夢の中で言ってた乙女って、処女おとめって意味だったんだ……っていうか、この人処女なの?」


 驚きの表情で志津子を見下ろしたまま、慧夢の幽体は霊力切れを迎え、その部屋から消え去る。

 色々あって、男性に無縁過ぎる人生を送って来た志津子と、濃い灰色の夢世界の最中で眠る陽子を残して。


    ×    ×    ×





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ