04 それでも人を許し、愛して生きるべし
人々は古来より本能的に、夢に神秘的な何かを感じていた。
夢から未来や現在の情報を読み取ろうと試みる夢占いや、夢を神や悪魔のお告げだと看做す考え方は、古くから世界中に存在していた。
現代でも夢占いは盛んだが、神秘的な占いではなく、心理学という学問において、人間の深層心理と夢の関係が、夢分析などの形で研究されたりもしている。
非科学的な分野であれ、科学的な分野であれ、夢は人間の本質に深く関わっていると、認識されているといっていいだろう。
夢というものは、夢を見ている人間の本質を、表しているものなのだといえる。
その表れ方が、異常に歪んでいる場合が、多くはあっても。
日本においても、古来より……夢を利用した占いを行う者達が、存在し続けて来た。
その古く有名な例といえば、陰陽師として有名な安倍晴明であろう。
安倍晴明は中国から伝わった、神霊感応夢判断秘蔵書や周公解夢全書などの書を参考に、夢占いを行っていたと、伝えられている。
有名な例が有れば、無名な例も有る。
日本における、夢占いの無名な例が、夢占流である。
江戸時代初期の占い師、夢占幻夢斎は、天才的な夢占い師として活躍し、夢占流を開いた。
だが、幻夢斎の夢占いの技術は、天性の才を必須とするが故に、他者に広く伝えられる事が無いどころか、その子孫ですら受け継げる者が、殆どいなかったのだ。
故に、夢占いの流派としての夢占流は廃れ続け、明治時代に滅ぶ流れとなった。
夢占という一族の姓だけは、残り続けてはいるのだが。
そして、時は平成……数十年振りに、夢占一族に幻夢斎に匹敵する才を持つ、男の子が生まれた。
それが、夢占本家の仕来りにより、「夢」の一字を名に継いだ長男……夢占慧夢である。
だが、名付けなどの仕来りなどは、一応受け継いでいるものの、既に夢占家は夢占いを営んではいないし、営む事も有り得ない。
そもそも一族に一人しか存在しない、しかも滅多に現れない特殊能力者に、一族の生計を依存する様な愚かな真似など、現代の夢占家はしないのだ。
故に、慧夢の能力は夢占家にとって、無用の長物となっている。
それどころか、慧夢本人にとっては、むしろトラブルを引き起こす、面倒な能力でしかなくなってしまっていた。
慧夢の受け継いだ能力は、眠っている間、霊魂が幽体となって肉体から抜け出し(幽体は、霊魂が自分の肉体の外で活動する為の形態)、自分以外の人間が見ている夢の中に、入り込む能力である。
幻夢斎は「夢芝居」という、昔……女装が売りの役者が歌っていた、ヒット曲のタイトルの様な名前で呼んでいたのだが、他人の夢を舞台として、その登場人物の一人に、自分がなる感じの能力だ。
夢芝居自体に、人の未来を知る能力は無い。
ただし、占う相手の夢を見て、その人間の欲望や願望、恐れの対象や過去の経験など、様々な隠し事を知ってしまえる。
この夢芝居という能力を生かせば、実質的にはカウンセラー的な仕事としての性質が強い占い師として、桁違いに有能な存在となれるのは、当たり前だろう。
ただし、普通の人間が持たざる能力……メリットには、その代償とでもいうべきデメリットが、存在する場合が多い。
この夢芝居にも、そういったデメリットがある。
そのデメリットというのは、決して普通には眠れないという事。
夢芝居という能力は、能力者が眠ると確実に発動し、誰かの夢に入らない限り、眠り続ける事が出来ない。
つまり、能力者が眠って肉体を休める為には、誰かの夢に入らなければならないのだ。
だが、人間の本性が露になる夢は、夢を見ている本人以外にとっては、余り気分の良いものではない場合が多い。
故に、慧夢の様な能力者は、見ても余り気分が良いものではない他人の夢……場合によっては、悪夢と言えるレベルの夢を見て、多くの夜を過ごさなければならないのである。
デメリットは、他にもある。それは、人間が隠している欲望や願望、記憶などを……夢を通して知ってしまう事自体だ。
そういった人の隠し事を知れば知る程、人間を信じられなくなり、人間不信になってしまうのは、当たり前といえるだろう。
慧夢自身も小学生の頃、一時期は酷い人間不信に陥っていた。
慧夢の目付きや口が、物凄く悪いのは、その時期の影響が残っているせいともいえる。
幻夢斎自身も、人間不信に苦しんだのだろう、能力を受け継いだ子孫の為に書き遺した、「夢占秘伝」という書に、そんな苦しみを覚えた子孫の為に、助言を遺していたのだ。
「人の世は、信じるに値せぬ、愚か者ばかり。それでも人を許し、愛して生きるべし。己も所詮は、愚か者の一人であると知れ」
この助言、特に「己も所詮は、愚か者の一人であると知れ」の意味を、自覚出来る程度には大人になった、思春期に入った頃合には、慧夢の人間不信は殆ど治った。
自分では直視し難いだけで、自分自身の本性というのも、自分が夢で本性を覗いた連中と、方向性や性質に違いは有れど、愚かさのレベルには大差無いと、気付いたお陰である。
ただ、あくまで「殆ど」治っただけで、完全に治った訳では無い。
昔……憧れていた女性の夢を、慧夢は覗いてしまった経験がある。
その時、知らない方が良い、その女性が隠していた欲望や願望、記憶などを知ってしまい、受けたショックが、精神的外傷の様に、心の傷として残ってしまっているのだ。
故に、人間不信の中で女性不信だけは、まだ僅かに慧夢には残されている。
そのせいで、慧夢は恋愛に対しても、余り積極的にはなれずにいる。
慧夢が女性との交際経験が無いのは、目付きと口が悪過ぎて、もてないからというだけではない。
夢芝居のデメリットで、女性不信をこじらせ、女性相手の恋愛に、慧夢自身が積極的になれないせいでもある。
「それでも人を許し、愛して生きるべし」
そんな「夢占秘伝」の助言の様に、その愚かさまで許して愛せる相手に、出会えればいいなと、心の奥底で密かに思いつつ、夢占慧夢は高校一年生としての日々を、過ごしていた……。
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