39 永遠じゃないけど、眠りに就いてるのは、あんたの方だ!
「な、何だァ?」
慧夢は後ろを振り向いて、病院の様子を視認する。
慧夢の目に映ったのは、内側から膨れ上がる様に崩壊を始めた、籠宮総合病院の姿。
壁や窓ガラスの破片、大量の埃を撒き散らしつつ、崩壊する建物の中から、崩壊の原因となった存在が姿を現す。
その存在とは、巨大な志津子。
七階建ての籠宮総合病院より二周りほど背が高い、怪獣映画に出て来る怪獣並の巨人と化した志津子が、内側から建物を突き破りながら、姿を現したのである。
「逃げられると思うなよ! この目付きが悪い、変態痴漢男!」
巨大化した志津子は、瓦礫の山と化した籠宮総合病院の周囲を見回し、慧夢の姿を見つけ出す。
「そこにいたか、目付きの悪い変態痴漢男!」
志津子は慧夢を、追い駆け始める。その巨体故に、アスファルトには皹が入り、地面は衝撃で揺れる。
「今度は特撮怪獣モノに路線変更かよ! もう何でも有りだな!」
大声を上げながら、慧夢は巨大化した志津子から逃げ出す。
だが、志津子が移動する衝撃のせいで地面が揺れ、慧夢はまともに走れなくなり、あっさりと志津子に捕まってしまう。
床に落とした人形でも拾い上げる様に、志津子は右手で慧夢を掴んで持ち上げる。
そして、顔の前に慧夢を運ぶと、拡声器でも使っているかの様に大きな声で、脅し文句を口にする。
「――乙女を押し倒し、その胸に顔を埋めた、目付きの悪い変態痴漢男! このまま握りつぶして、永遠の眠りに就かせてやろうか?」
(三十路のオバサンだろうに、誰が乙女だよ!)
その点については、慧夢は心の中で突っ込むだけにした上で、別の事を話す為に口を開く。
夢世界の中とはいえ、握り潰されてはたまらないので、慧夢は志津子を起こそうと決めたのだ。
「永遠じゃないけど、眠りに就いてるのは、あんたの方だ! 今……あんたは眠っていて、夢を見ているんだよ!」
「何をいきなり、そんな馬鹿な事を! この目付きの悪い変態痴漢男、夢だなどと嘘を吐けば、自分の性犯罪行為を……乙女を穢した罪を、誤魔化せるとでも思っているのか?」
「嘘じゃないって! 少し冷静になって考えてみろ! あんたの身体は病院を破壊して、人間を握って持ち上げられる程に、大きかったか? あんたは巨人だったか?」
「――巨人?」
慧夢に指摘されて、ようやく志津子は自分が巨人と化している現状に、違和感を覚えたのだろう。
自分の身体や……周囲の光景を確認し、驚きの表情を浮かべる。
「ほんとだ……私、普通の人間の筈なのに、こんなに大きな巨人になって……病院も……壊してしまっている」
呆然とした顔で、志津子は呟き続ける。
「こんな事、現実で有り得る筈が無い……本当に夢なの?」
「夢だよ。これは……あんたが病院の部屋で見てる夢の世界、現実じゃない」
志津子の問いに、慧夢は答える。
「夢……なんだ」
現実では起こり得ない事が起こっているのに気付き、慧夢に夢だと断言され、志津子は自分が夢を見ているのを自覚する。
すると、明晰夢を見続けるタイプでは無いのか、志津子の夢世界は……崩壊を始める。
病院の瓦礫に街並、青空に地面……そして巨人と化している志津子など、夢世界を構成する世界が全て、カラフルな砂粒で作られていたジオラマであったかの様に、崩れ去って行く。
外部からの侵入者である、慧夢の幽体を除いて。
「良かった、握り潰される前に、目が覚めてくれて……」
身体を握り締めていた志津子の巨大な右手が、砂粒の様に崩れ去ったので、身体の自由を取り戻した慧夢は、安堵の表情を浮かべて呟く。
幽体の身体を解す様に、身体のあちこちを動かしながら。
夢世界が崩れ去って、慧夢は現実世界に戻ったので、周囲の光景は病院の部屋に戻っている。
志津子が寝ている……いや、寝ていた部屋だ。