表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/232

36 ただの過眠症だなんて、志津子(しづこ)……お前も本当は思っちゃいないんだろ?

(――えーっと、ここは……確か)


 夢世界で意識を取り戻した慧夢は、現状を把握する為に、周囲を見回す。

 周囲の光景は、慧夢にとって見覚えがあるというか、見たばかりの光景だった。


(ああ、籠宮の病室の隣にある、俺が夢世界に入った人が、寝ていた部屋だ)


 現実の景色として見た時とは違い、部屋の中は明るい。

 明るいと言っても、光源は天井の照明なので、夢世界の時間帯は夜。


 部屋の奥……窓の近くにある椅子に座った状態で、慧夢は意識を取り戻したのだ。

 そして、部屋を見回した慧夢の視界には、夢の主である女がいた。


 慧夢に身体の左側を向ける形で机に向い、女は深刻そうな表情を浮かべ、ノートパソコンを操作している。

 意識がノートパソコンに集中しているせいか、慧夢の出現には気付いていないが、いつ気付いてもおかしくは無い状態。


(やばい、とりあえず隠れないと)


 慧夢はベッドの陰に移動し、床に座り込んで身を隠すと、自分の服装を確認。

 幽体の時と同じ服装なので、特に役割は与えられていないのが分かる。


 直後、ドアをノックする音が、部屋の中に響く。


「――どうぞ」


 女が入室を許可したので、ドアをノックした者は、ドアを開けて入って来る。


(あれは、籠宮の親父さんか!)


 入って来たのは、志月の父親だった。

 確認した訳では無いのだが、顔立ちと志月の病室にいた事から、父親だろうと慧夢が思っている男と言うべきか。


「兄さん、来てたんだ」


 部屋に入って来た志月の父親の方を向き、女は声をかける。


「ああ、スケジュールの調整が終わったんでな。これで、暫くは志月に付いていてやれる。陽子にばかり負担をかける訳には行かないよ」


 志月の父親は右手の親指で、志月の病室の方を指差しつつ、言葉を続ける。


「あいつ、ここ数日は志月に付きっ切りだったし、俺と交代制にして休ませてやらないと。今日からは暫く、俺がメインで陽子がサブ……これまでと逆だ」


「――義姉ねえさんも兄さんも、無理し過ぎだよ。志月の担当医としては、患者の御両親には、余り無理はして欲しくは無いんだけど」


 志月の担当医を名乗った女は、窘める様な口調で続ける。


「志月の事は私に任せて、ちゃんと二人には休みを十分にとって欲しいな」


「――それは分かってはいるんだが、陽志の事があったばかりだからな。自分の子供が死ぬという事に対して、俺も陽子も過敏になり過ぎているのか、志月を独りにしておく気になれないんだ」


「そうなってしまうのは仕方がないんだろうけど、志月は……ただの過眠症なんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。すぐに目覚めるって」


「――ただの過眠症だなんて、志津子しづこ……お前も本当は思っちゃいないんだろ?」


 志月の父親は、妹である志月の担当医……籠宮志津子に、問いかける。


「え? いや、そんな事は無いけど。ただの過眠症だとしか思ってないよ」


(――明らかに、嘘って感じの誤魔化し方だな、こりゃ)


 夢世界の主である志月の担当医が、どうやら志月は過眠症ではないと考えているらしいのを、会話を盗み聞きしていた慧夢は察する。


「志月の脳波データや身体の状態、通常の過眠症どころか、クライン・レビン症候群のとも、全く違うらしいじゃないか」


(クライン・レビン症候群って、確か……過眠症の極端な奴みたいなのだったか?)


 永眠病の話題がネットで流行った時期に、インターネットで眠り過ぎる病気について、慧夢は色々と調べた事があった。

 その際、睡眠障害の過眠症だけでなく、クライン・レビン症候群についても、慧夢は大雑把な知識を得ていたのだ。


 数日間から下手すれば数十日間、眠り続けてしまうのが、原因不明の睡眠障害であるクライン・レビン症候群。

 ただし永眠病と違って、死に至る病では無い。


「過眠症やクライン・レビン症候群の場合、数日に渡る睡眠の際、食事や排泄などの生命活動維持に必要な行動は、夢遊病と似た状態で行う筈」


 志月の父親は、志月が過眠症やクライン・レビン症候群ではないと判断する根拠を、語り続ける。


「だが、それすら志月にはないという事は、付きっ切りになっている陽子と、陽子が休んでいる間に付きっ切りの俺が、確かめている」


「――志月の脳波データを、いったい何処で?」


 その志津子の問いには答えず、志月の父親は言葉を続ける。


「専門外である外科の俺でも、おかしいと気付くんだ。大脳生理学も学んでいて、心療内科や神経内科を専門にしているお前が、気付かない訳が無いだろう」


 図星であるらしく、志津子は目線を逸らし、言葉を返さない。


「――永眠病……なのか?」


「永眠病は、ネットの噂話だよ。正式な病名でも病気でもない」


「だが、お前も……その噂の病気が、本当に実在しているんじゃないかと、志月を診て思い始めているんじゃないのか? だからこそ、娘の部屋にあったチルドニュクスを、わざわざカプセルや外装に至るまで、調査会社に送って……分析を頼んだんだろ?」


 大きく溜息を吐いてから、志津子は口を開く。

 もう隠し通せないと判断し、覚悟を決めて話そうとしているかの様に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ