34 あ、あれって……まさか!?
普段より速度を出し、自動車以上の速さで飛んでいるので、いつもより速く眼下の景色は行き過ぎる。
速くとは言っても飛行機並みとかではなく、自動車より速い程度なので、霊力を消耗する程では無い。
夢の光に煌く街並を二分程飛び続けていると、次第に光の密度が下がって行く。
人口密度の低い北側郊外に、慧夢は入ったのだ。
そんな慧夢の視界に、昨日の夕方目にしたばかりの、他の建物より明らかに大きな建物が現れる。
夕陽に染まっていた時と違い、暗めの灰色の地味な籠宮総合病院の見た目は、病院というよりは古びた団地の様。
建物自体は地味であるが、慧夢の目には様々な光に彩られ、鮮やかに見える。
入院患者達や当直の医者や看護師達の、夢の光なのだろう。
(数十人はいるか? でかい病院だけあって人多いね……。あと五~六分くらいだと思うけど、籠宮見付かるかなぁ?)
籠宮総合病院の場所だけでなく、志月が入院中の病室まで、調べておけば良かったと、慧夢は今更後悔する。
もっとも個人情報なので、調べるのは難しいのだろうが。
(どの辺りから調べるかな? やっぱり……上からか?)
自問しながら、籠宮総合病院の近くまで辿り着いた慧夢は、建物の屋上近くに目をやる。
そして、屋上近くにある……闇夜では目立たないせいか、建物の近くに来るまで存在にすら気付かなかった、光を放たない夢の存在に気付き、慧夢は両目を見開き驚愕する。
「あ、あれって……まさか!?」
驚き過ぎたせいか、やや声が掠れ気味になってしまった、慧夢の目線の先には……初めて目にする色の、夢世界の渦があった。
光を放つどころか、光を吸い込んでしまうかの様に、不気味に不穏に渦巻いている、その夢世界の色は……黒。
「黒き夢には、近付く事勿れ、決して入る事勿れ」
渦潮というよりは、宇宙を舞台にしたSF映画などで描かれる、ブラックホールに何処か似たイメージの、黒い夢世界の渦を目にした慧夢の頭に、夢占秘伝に記された警告が浮かぶ。
(あれに入ったら、終わりだ!)
悪寒を覚えて背筋が寒くなり、恐怖心で全身の毛が逆立ち、肌が粟立つ。
近付いてはいけない、触れてはいけない存在の出現に、慧夢は怯えてしまい、籠宮総合病院の建物の手前で、空中停止してしまう。
(まさか、この黒き夢……籠宮のじゃないだろうな?)
一週間近く眠り続けている、普通とは言えない状態の志月が入院中の籠宮総合病院に、夢占秘伝で近付くな……入るなと警告されている、普通の夢ではない黒き夢が出現している。
普通ではない二つの要素の重なりに、慧夢は何らかの繋がりを直感し、疑問を抱いたのだ。
無論、二つの要素が重なったのは、単なる偶然なのかもしれないのだが。
(――確かめなければ、分からない事か)
黒き夢を見ているのが志月なら、慧夢は志月の夢世界には入れない。
だが、現時点では黒き夢が志月の夢なのか、慧夢には分からない。
(あの黒き夢が、籠宮の夢だとは限らない。とりあえず、事実を確かめる為にも、あの病院の夢世界を調べて回らないと)
長考したい場面ではあるのだが、幽体離脱の残り時間には制限がある。
長々と悩んではいられないので、慧夢は黒き夢を避ける様に、急降下して行く。
(まずは、病院中を回って……籠宮の夢を探そう。黒き夢といっても、夢世界には変わらないんだから、触れなければ大丈夫な筈だ)
自分を励ますように、心の中で呟きながら、慧夢は二階の辺りで降下するのを止め、籠宮総合病院の中に飛び込む。
一階には入院患者用の部屋が無いのか、夢世界の光が見えるのは、二階以上だったからだ。
外壁や内壁を通り抜け、入院患者用の病室が並ぶ場所に、慧夢の幽体は向う。
身体のどこが悪いのかは分からないが、老若男女……様々な患者達が眠る、ベッドの上を飛び回りながら、慧夢は志月の姿を探す。
病院内にいる眠っている人がいる場所は、様々な色を放つ夢世界の光の渦が、慧夢に教えてくれる。
二階から三階……四階と、慧夢は次第に調べる階を上げ続け、三分程度で七階建ての籠宮総合病院の六階以下で眠る、患者や病院の職員など、全ての人達の顔をチェックし終えた。
だが、六階以下には、志月の姿は確認出来なかったのだ。
「後は、七階だけか……」
緊張の面持ちで上を見上げつつ、慧夢は呟いてから、ごくりと唾を飲み込む。
見上げた慧夢の目線の先には、四つの夢世界が確認出来る。
一つは黒き夢の夢世界であり、残りの三つは……いずれも黒くは無いものの、灰色の陰鬱とした感じの、これまた余り入りたいとは思えない感じの、不吉さを感じさせる夢世界の渦。
「うわ……上がりたくねぇな、こりゃ。黒以外も、ろくな夢が無いじゃん」
心の底から呟きながらも、ここまで来た以上、最期の四人も確認しない訳には行かない。
残り時間も短いし、躊躇っている訳にも行かないので、慧夢は覚悟を決め、とりあえず灰色の夢が見える方に向って、上昇を始める。
天井を通り抜けると、常夜灯の灯りすら無い暗い部屋。
月が出ていないので、窓から挿し込む月明かりすら無い、普通の人なら何も見えない程の暗さ。
だが、夢世界が放つ光のせいで、慧夢には一応ではあるが、室内の様子が確認出来る。
無論、夢世界の主の顔も。