32 そんな使い方あるんだ、俺の夢芝居
「杉山は、籠宮がチルドニュクスを飲んでしまったのを、自分が止められなかった事に責任を感じて、自分を責めてたりするんじゃないの?」
問いに答は返さないが、絵里の表情から、慧夢の問いが図星であるのは明らか。
「でもそれ、ただの勘違いだよ。籠宮が過剰なストレスに押し潰され、過眠症の長過ぎる眠りに入る前に、チルドニュクスが届いて……籠宮が飲んでしまうというイベントが、偶然に割り込んだせいで、杉山が勘違いしちゃっただけなんだ」
「私の……勘違い?」
「そう、勘違い! 教室で居眠り中に見た夢の中に、俺が出て来た後、教室で俺と目が合っただけという、単なる偶然の出来事を、偶然じゃない……関係してると、杉山が勘違いしたのと同じ!」
自信を持った口調で、夢は言い放つ。
「まぁ、俺が夢に出て来るなんてのは、五月が冗談で言いまくってる程度の、ただの馬鹿話でしかないけど、籠宮と永眠病に関しての勘違いは……その勘違いのせいで、杉山は自分を責めてるんだとしたら、止めた方がいいぜ。そんなの、籠宮だって嫌がるだろうし」
「志月が……嫌がる?」
意図を探る様な目で問いかける絵里に、慧夢は頷いた。
「籠宮だって、勘違いのせいで杉山が自分を責めて苦しむの、嫌がるに決まってるだろ」
「――そう……なのかな?」
「そうに決まってる」
当然だと言わんばかりの表情で、慧夢は断言する。
「睡眠障害だって、お医者さんも言ってるんだから、後は任せておけばいい。ちゃんと適切な治療を施して、籠宮も眠って色々と心の疲れが癒えたら、目を覚ますよ」
「そう……だよね。目……覚ますよね、志月」
自分に言い聞かせる様に、絵里は呟く。
そして、深く息を吸い込んで、心の中のもやもやを吐き出すかの様に息を吐くと、さっぱりとした顔で慧夢に語りかける。
「夢占君と話したら、何かスッキリしたよ。ありがとね」
「いや……別に礼なんかいいから」
ストレートに礼を言われてしまい、女の子に礼など言われなれない慧夢は、少し照れてしまう。
間近に顔を見れば、絵里は志月などの三大美少女には僅かに及ばずとも、かなり整った顔立ちの、魅力的な少女なのだから。
「俺が他人の夢に入れるなんていう、妙な勘違い……というか誤解を解ければ、俺としては問題無いんだし」
「――本当に人の夢に、入れないの?」
「まだ疑ってんのかよ! 入れないって!」
「それは残念」
「残念?」
残念という、意外な言葉を耳にして、慧夢は不思議そうに首を傾げる。
「実は……夢占君が本当に、他人の夢の中に入れるなら、志月の夢の中に入って、夢の世界から志月を連れ戻して……目覚めさせたり出来るかもしれないと思って、頼もうと思ってたんだけど。入れないんじゃ無理だよね」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、絵里は残念だと思う理由を口にした。
そう考えていたのが冗談では無かったからこそ、絵里は照れていた。
(――そんな使い方あるんだ、俺の夢芝居)
絵里の話を聞いて、慧夢は自分の夢芝居に、長い間眠り続けている人間を、強引に目覚めさせる目的に使えるのに気付いた。
夢の世界で夢の主に干渉し、夢の主を目覚めさせるのは、慧夢にとっては日常といえる程に慣れた行為。
慣れ過ぎていたが故に、長い間眠りっ放しの人間を目覚めさせるのに、夢芝居を利用出来る事に、慧夢は気付いていなかったのだ。
「――じゃ、私……部活に行かないと。変な話に付き合わせて、ごめんね」
話を始めた時とは別人の様に爽やかな顔で、絵里は手を振ると、くるりと背を向けて、教室のドアに向う。
そして、足取りも軽やかに、絵里は教室を出て歩き去った。
絵里の後姿を見送り、自分の疑惑が晴れた事に安堵してから、慧夢は心の中で呟く。
(今夜、籠宮の夢の中に入って、起こしてみるか。その方が、杉山や……他に籠宮を心配している人も、安心出来るだろうし)
そして、慧夢も五月を待たせたままなのを思い出し、創作護身術部が使用中の教室に向って、歩き出す。
寝るまでに、志月が入院中という病院の場所を調べなければと、思いながら……。
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