31 夢と違って、目覚めりゃ終わりって訳には、行かないんだけど
「――それで、チルドニュクスなんて、砂糖と小麦粉を混ぜた偽薬だから、飲んでも何の意味も無いって、私は志月に言ったんだ。効果は無いけど、気持ち悪いから、届いても飲まないで捨てなよって……」
そして、スマートフォンを慧夢に手渡し、絵里は続ける。
「それで、次の日……葬儀の後、志月の家でしばらく話してから、私は家に帰ったんだけど、夜……このメッセージが届いたの」
慧夢はスマートフォンのモニターを見る。
一週間前の、絵里と志月のメッセージのやりとりが、表示されたモニターを。
「絵里が帰った後、注文してたチルドニュクスが届いたよ。これからチルドニュクス……飲んでみるね。絵里、今まで仲良くしてくれてありがとう」
志月のメッセージに、即座に絵里は返信していた。
「飲んじゃ駄目! すぐに行くから、待ってて!」
慧夢が夢の中で絵里に見せられたのと、同様のメッセージのやりとりだ。
「私……すぐに志月の家の電話にかけて、志月のお父さんに、志月を止める様に頼んでから、慌てて志月の家に行ったんだけど、間に合わなくて……もう志月は眠ってて、枕元に遺書と、変な薬のパッケージがあって……」
「飲んだのか、籠宮は?」
慧夢の問いに頷いた絵里は、突然……感情を爆発させたかの様に、語気を強めてまくしたてる。
「それから、ずっと志月は目覚めないの、永眠病になったみたいに! おかしいでしょ、絵里はチルドニュクスが偽薬だって、ただの砂糖と小麦粉だって、ちゃんと知ってるんだよ! なのにどうして、永眠病になるの? プラシーボ効果は効かない筈なのに、何で?」
志月がチルドニュクスを飲むのを止められなかった事に、絵里は自責の念があるのだろう。
夢の中で、同じ話をした時と動揺に、ネガティブな感じに感情を昂ぶらせている。
(話の内容も、自責の念があるせいか、この話をする時に感情的になる辺りまで、同じだな……)
夢での絵里との会話を、繰り返す様な体験をしながら、慧夢は心の中で呟く。
(夢と違って、目覚めりゃ終わりって訳には、行かないんだけど)
別に親しい相手ではないが、酷い自責の念に苛まれているクラスメートを、放って置ける程に、慧夢はドライでは無い。
(別に杉山は何も悪い事はしてないし、むしろ良くやった部類だろうから、あんまり自分を責めないでも良いと思うんだが……)
絵里の自責の念を、どう軽減したものか、慧夢は頭を巡らす。
そして、思い付いた論法で、絵里の自責の念を軽くしてみようと、口を開く。
「――それ、普通に考えたら、単に色々と心労が積み重なって、睡眠障害起こしてるだけじゃね? ただの過眠症だろ」
「かみん……しょう?」
知らない言葉なのだろう、絵里は慧夢に問いかける。
「過剰に眠る症状を略して、過眠症。睡眠障害の一種で、別に珍しいものでも何でも無い。ストレスが溜まって、眠れなくなる人もいれば、逆に眠り過ぎちゃう人もいるって訳。籠宮は、眠りすぎちゃう人の方だったんだろ」
「――そういえば、志月の叔母さんも睡眠障害だって、言ってたんだけど……」
「籠宮の叔母さん?」
「あ、志月は今……籠宮総合病院っていう、志月のお爺さんが経営してる病院に、入院してるんだけど、担当医が叔母さんなの」
絵里は簡潔に、籠宮家は医者の一族である事を、慧夢に説明した。
同じ市内でも、慧夢が住む南側では無く、北側に籠宮総合病院はあるので、慧夢は知らなかったのだが、絵里も住む市の北側や東側では、名家と言える医者一族であるらしい。
「お医者さんが言ったなら、そうに決まってるじゃん。籠宮は永眠病なんかじゃ無いんだよ。いや、そもそも永眠病なんて存在しないんだって」
「でも、志月はチルドニュクスを飲んだ直後に眠り始めて、そのまま目覚めないんだよ! 幸せそうな笑みを浮かべて、ずっと眠り続けてるんだ……永眠病の噂通りに!」
「そんなの、単に葬式が終わって……溜まってたストレスがどっと押し寄せたタイミングに、偶然チルドニュクスが届いて飲んだだけの話だろ」
当然だと言わんばかりの口調で、慧夢は続ける。
「チルドニュクスを飲もうが飲むまいが、そのタイミングで押し寄せるストレスに流され、籠宮は眠っていたに決まってる。その上で、過剰なストレスのせいで、過眠症になって……お兄さんの夢でも見ながら、眠り続けてるだけだよ」
「――志月はチルドニュクスを飲もうが飲むまいが、眠り続けていた?」
絵里の問いに、慧夢は頷いた。